セキララ★ゼクシィ-

http://zexy.net/contents/lovenews/article_list.php?c=0

アンケートというもの自体が大体そうであるが特にネット上でのアンケートの場合、積極的に答えたがる人とそうでない人という偏りが割とモロに影響して、必ずしも広く一般の意見を拾えているわけではない(万偏無く意見を拾えていない)という保留を頭の片隅に常に意識して読まないといけないのだが、、、

これを前堤しておく限りに於いて「へぇ、今どきの女子はそういうことに躓くんだ」「今どきの女子はそういうことに悩んだりするんだ」と、また「そういう考え方、感じ方する人が居るんだ」「ふーん」など、僕にとれば「頭の柔軟さを失わない手助け、刺激に」なる、世の中の若い女の子たちには「こう悩んでいたの自分だけじゃないんだ」とか「こういう捉え方をすればわかる」とより実用的なお役立ち情報を発進してくれているサイトの一つなのだと思うのだけど、、、

 

世の中に、テレビ、雑誌、等々によく登場する『「男と女」の「比較論」的に語られている文脈』で・・・この内、根から誠実性の破片もないセンセーショナリズムだけでトレースしているものは端から問題外だが・・・前々から引っ掛かっている点が在って、、、

 

それは、半ば経験則、半ばは直感でそうじゃないか?と思っていることなのですが、異性兄弟の居る or 居ない の影響を考えに入れずに男女比較論を展開して良いのだろうか?という疑問です。

言い換えるなら、異性兄弟の居る男女を比較した場合と、異性兄弟の居ない男女を比較した場合に、かなりの歴然とした違いがあるのではないか?ということです。

具体例を挙げると、「女の気持ちがわからない」「女は何を考えているのかわからない」と曰う男性は世の中的に少なくはないけども、僕の知る限りこういうセリフを割と直ぐ吐くのは「女兄弟の居ない男性」に非常に偏ってみられると。そして同じく「男って何考えているのかわからない」「男って頭悪い」と割と直ぐ言ってしまう女性は「男兄弟の居ない女性」に偏ってみられるという観察をしています。

(勿論、物凄くシリアスに深く考えるならば、男にはなかなか理解しにくい女性の面はあるし、女には理解しにくい男性の面はあって、これは異性兄弟の在る無しを超えた男女の違いであると言って良いでしょう)

 

より具体的に上記サイトの一つの記事(http://zexy.net/contents/lovenews/article.php?d=20110704)に突っ込んでみると、心理学博士の某氏は

皆さんが感じているように、男性は顔やスタイルなど、『外見』だけで評価する

と公然の事実であるかのように語っているのですが、「それは違うだろ!」「なに戯言言ってるんだ、このオッサン」と思うのです。

「外見に非常に左右される」人は女性にも少なからず居て、つまり「"『外見』だけで評価する" というのは男性の特性であるとするのは明らかにおかしい」と先ず言えて。

更に加えて、僕の色々な人を観察してきている範囲の経験則に於いて、「外見に非常に左右される」人は異性兄弟の居ない人に偏っているという印象を強く持っています。

実際僕個人、一歳上の姉が居て非常に仲良しなのですが、「男性は顔やスタイルなど、『外見』だけで評価する」という某氏のセリフには非常に違和感を感じます。

(僕個人の意見を言えば、外見も評価の内に入っていますが「One of them」でしかなく「『外見』だけで評価」などということは無論「外見重視」ですらないです)

更に付け加えると、異性兄弟の居ない人は男女問わず異性に対して「男は(女は)○○」というステレオタイプな決め付け、思い込みをしている割合が結構高く、上記の某氏ももしかしたら異性兄弟居ないのじゃないかしら?という感想を抱きます。

 

とまれ、この記事にケチを付けることが目的なのではなく(あくまで、この記事はダシに使わせて貰っているだけ)、僕の言いたいのは「異性兄弟の居る or 居ない で分けた男女比較論を展開してみると、興味深い結論を導き出せるのではないか?」という問題提起です。

この切り口でのそれなり以上に信頼できる研究は寡聞にして知りません(もし在ったなら教えて下さい)。

 

学術的なレベルでフィールドワークできる立場の方、どなたか調べて論文に纏めて下さいませんか?

最終更新日:2012年4月20日