先週金曜日(2012年1月17日)フジテレビ「とくダネ!」にて取材VTRが放送されました。この取材の前日にも週刊「女性自身」に電話取材を受け、こちらの記事は今週発売号(2月21日発売 2528号)に掲載されています。

どんな内容になっているか確認はしていないですが、ちゃんと書いたページを用意しておけば(万が一真意とは違うように編集されていても)誤解しない人は誤解しないと思いますので、このページを掲載します。

基本的に取材インタビューに答えるために用意した下書き原稿で、擲り書きです(多少は整えていますが)。最初から読んで貰うことを前提に文章を書き出したのとは違い散発的、羅列的で読み難いかも知れませんが、ご勘弁を。

当然ながら、オセロの中島知子さん個人について言及しているのじゃないことを改めて(念のため)申し沿えておきます。

また、このページは、より良い論理構成、推敲を思いつく度に随時更新します(どこを加筆、訂正したかはいちいち明記しません)。


「○○依存症」という、この ○○ に何が入るか[1] に関係なく本質部分は一緒だと先ず強調しておく必要はあると思います。

ただ、とは言いつつ「占い依存」の場合は、占い師(霊能者)という相手がある二者関係の「関係依存」である点で「恋愛依存」「セックス依存」以外の他の物的依存とは違って、DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)と同根の問題でもあると言えます。

  • 論理的ではなく理屈っぽい=物事を白黒つけたがり過ぎる・・・曖昧、微妙なのが本質の情緒性が劣っている
  • 人間関係を「勝ち負け」「上下」「優劣」で理解する傾向が強く、この関係付けで捉えられないものには反応が薄い。・・・実際には反応が薄いのが原因なのだが、この事に本人は気付いておらず「こころ許せる友達ができない」などと嘆いているケースは多い。
  • (評価ではなく)世間、周囲の評判を過剰に気にする=裏返しの「全くに意に介していない」という虚勢を張るケースも多い
    ( [気にするべき(または気にしてもいい)評価] はスルーするのに [気にしなくてもいい(気にするだけ馬鹿馬鹿しい)評判] を妙に気する傾向も)
  • 他人の考え・感情を通常の「推し量る」能力は劣っているが、反対に「邪推」することが多い。
    (話の前後関係などの文脈から(話し言葉の場合は、相手の表現の着け方、抑揚間合いの付け方も)推察できる「文意」の酌み取りが能力が劣っている反面、メインの意味合いには殆ど影響のない枝葉末節の文言の不備または「文言そのもの」に強く反応[2] するので、勝手な解釈、思い込みによる「誤解」「誤彪」が多い。 → 「言っていないこと」に食って掛かってくる人)

人間の知性は「論理による思考」と「感情、感覚による察知・判断」が協力的に働くことで理想的な働きとなるので、両者が非協力的またはアンバランスだと適切な推量、推測、判断が損なわれやすい。以上に列挙した特徴は、この両者が協力的に働いていない結果だと言えます。

  • 自尊感情が健全に育まれていない(自尊感情は弱い) ≒ (間違った意味での)プライドが高い[3]

「論理による思考」と「感情、感覚による察知・判断」が非協力的またはアンバランスになる原因として多くの臨床心理家、心理学者のコンセンサスとして重視されているのが「自尊感情の不全」です。

自尊感情とは「イケテル自分」だけでなく「イケテナイ自分」も含めて全包括的に自分を肯定できる(存在を否定しない)感情ですので、自尊感情が不全な人は「イケテル自分」だけしか受け入れれない[4] ・・・つまり「自分を肯定する感情」が「イケテル自分」の方にばかり偏っている(偏り過ぎている)。心というのは常に平衡を保とうとしますのでこれの裏返しとして「イケテナイ自分」の方には否定的感情ばかりが寄せ集められている(残っている)ことになります。

否定的感情というのは他人に対してでもそうであるように、客観的な評価を越えて非常に誇張される元なので、実際にイケテナイ以上にイケテナイように自己イメージが歪む。これが所謂「劣等感コンプレックス化」するということです[5] 。マイナス面が誇張されることで発生する偏りを補正しようとプラス面も誇張され、プラス面が誇張されることで発生する偏りを補正しようとする自律的平衡維持作用でマイナス面が誇張される・・・という「悪魔のループ」が発生する[6]

プラスの面に対してはプラス方向に、マイナス面に対してはマイナス方向に、どちらの方向へも誇張極端化するわけですので双極性障害(いわゆる躁鬱病)とも相関性があるかも知れないと思います。

自尊感情が弱いのを補う働きが動く結果「虚勢張り」になりやすく、時に「見栄っ張り」で「高慢ちき」。「他人に弱みを見せると負け」と考えやすく、これゆえ普段から策略・計略的言辞が多い。自身がそうであるので他人の言動も策略・計略的であるかのように誤解釈しやすい → 不要な詮索、邪推が多い。

その(自尊感情の不全)原因であり、かつ結果であるのが「小さな失敗に対する非寛容さ」です。ここで云う「失敗」とは「不完全さ」と言い換えた方が良いでしょう。

多くの場合がちょっとした失敗をイチイチ指摘、注意、叱責される環境で育ったこと、またはロクに褒めて貰えた経験がなく育ったことで、性格的には神経質で潔癖症に(自分自身の性格的特徴・欠点も含む不完全さを許容できない)、人物的には(いわゆる)完璧主義で他人の失敗にも非寛容になるというパターンにはまりやすいです。

何故これが自尊感情を不全にする原因になるのかといいますと、哲学的言い方をしますと『「完全」という概念自体が論理思考が産み出したフィクションに過ぎない』からです。平たく言えば「完全な人間というものはそもそも存在せず」「人間というものはそもそも不完全」だから、不完全さを許容されない育ち方(育てられ方)をすると「全存在的自分」を許容しなくなるからです。

『「完全」というフィクション』を絶対視すると、論理思考で自分の全てを統制しようとする傾向が強くなり、感情は論理思考の従属物としてしか許容されない・・・論理思考のお気に召す「美しい面」しか許容されない・・・ので、これ以外の「感情というトライ&エラーの繰り返しによるその(適切な)表現手段・手法を獲得していくしかない働き」が、その獲得機会を与えられないことから人格の構成要素として組み込まれない("野蛮"なまま放置される)・・・「完全さを目指して不完全になる」というパラドクスに陥るのです。

『「完全」というフィクション』に囚われてしまって自分に不完全さを発見してはこれを躍起になって消滅させようとしている点で「美容整形依存症」と根の部分で共通します。

論理的推論で出来るのは「決定」

「決断」は論理で詰めるだけでは答が出せない問題を決めること・・・感情の助けがないと困難。つまり「勇気」であり「後悔を振り切る潔さ」であり「リスクを引き受ける決心」である。

今回の震災に伴う原発事故で奇しくも露見したように「リスクを過剰に恐れる」人が異常に多いこと。日本人は総じて「小さいリスクを無くすことの積み上げで大きいリスクを無くすことが出来る」と信じ過ぎる傾向が強いのですが、これは実は「そういうケースも確かに少なからずあるが、そうでないケースも多々ある」という意味で間違いなのです。小さいリスクを無くすことの積み重ねでしか行動できない人というのは、いざ大きめのリスクにぶち当たった時にそれまでリスクにちゃんと向き合ったことがないのでリスクの大きい小さいすら判断できない思考停止状態になる[7] 。思考停止してもリスクを避けたい感情だけは残るので、元から極端なリスク回避性向がより先鋭化して無闇と増幅した恐怖心となり、バラ色の未来を語る詐欺師の甘言または、終末論的恐怖を煽る言辞を信じ易くなる。

占いジプシーの方なども全く同じで、リスク・・・全く完全な人間などこの世には存在しませんから、恋愛、ビジネス、あらゆる人間関係は「リスク込み」なので、これを付き合いの中で付き合い方の工夫で最小化するという健全な思考法ができる人は良いのですが、「工夫で最小化する」のではなくて端からリスクが極限ゼロに近い相手を選ぼうとする・・・いわゆる相性が良いだ悪いだ言っているのも参考値程度でなら健全なのが占いで相性の良い相手を見付けてこれと付きあおうという発想になると、これは「リスク回避病」と言って良い。

自分にとって安心できる甘言を言ってくれる占い師に巡り合うまで占いジプシーを繰り返し、運良く(運悪く)期待通りのことを言ってくれる占い師、霊能者などに巡り合うとこれを絶対視し出すというわけです。ドラッグを打ち続けている限り平安で居てられる麻薬中毒患者と一緒で、その「安心のおまじないの暗示」を言い続けて貰わないと禁断症状(無根拠の不安が異常に増悪する)が出るようになっていくので、最初は一週間に一回程度で良かったのが三日に一遍、、、果ては毎日朝夕という具合に悪循環を深めていきます。

放射性物質拡散に於いては「非日常的できごとだから」その様相がより過激さを増しているだけで、「自分の中のリスク(マイナス面)」と向き合ってうまく付き合っていこうとする態度が欠如している事が投影されているという点で全く同じだと言えます。




----[ 脚注 ]---------------------------------------------------------------------------
  1. 買い物、占い、恋愛、タバコ、アルコール、ギャンブル、セックス、薬物、、、
  2. 当然、言葉狩りに走る傾向も強い
  3. 自尊感情が弱いのを補おうと働く(意識的にではない)働きの結果「事実以上に自分をよく見せようとする振舞い」が増えやすい
  4. 大抵の場合は生育して来る中で「イケテル自分」しか評価してくれない周囲の大人の接触態度を反映している
  5. 劣等感自体が悪いものなのではなく、劣等感が否定的感情ばかり寄せ集めて塊になってしまう(コンプレックス化)ことが問題なのです
  6. これが極限まで進むと多重人格的になってくる
  7. 実際にはリスクの多くは無くせはしないので「無かったことにする」「無いことにする」でやり過ごしてきているだけなので、実は小さいリスクが沢山積み重なって大きくなっているケースも多い

最終更新日:2012年4月20日