この医師を「酷い」呼ばわりする安易な感情論は簡単に人々の同情を引ける話題提示のしかたなのだろう。
問題は、受精卵 → 胎児の発達過程の「どこからを生命とするのか」の社会コンセンサスを確立する努力を怠ったまま放置しているからだと思う。

【風疹1万人超え】妊娠中感染「医師から中絶迫られた…」 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130618/trd13061822320013-n1.htm
わかりやすい例として「妊娠期間中に出産後障害に至るであろう可能性が高いと医学的に判断された場合は中絶すること(出産してはいけない)」という法律になっていたらどうだろう? 妊婦さんは自分でそれを決断する義務から逃れられるという意味で精神的負担が軽くなるかも知れない。それを告げる、中絶を勧める医師も精神的葛藤をしなくて済むだろう。ここまで極端な法律は実際には作られることはないだろうが、最大限個人の判断に委ねられるとそれに応じて個人の負担も大きくなるということを実感してもらうために一例として思い付いたに過ぎない。
軽々しく述べられがちな昨今であるが、自己責任とはかように重たい決断を迫られた時に実に残酷なものでもあると認識しておいたほうが良いのだ。
都合の良い時だけ「個人の自由」「個人の権利」(自己責任)と言っておいて、その重さに耐えられないとその責任を何処か(誰か)に転嫁したくなる人間とは実に勝手なものだ。
社会コンセンサスとはこういう、それ自体に責任転嫁できることで、決断しなくてはならない重圧を免除したり軽減したりする社会的工夫であり、この意味でのコモン・センスである。
過去に縛られる形の常識には盲従しやすいのに、意識的にそれをクリエイトし共有していくというコモン・センス発想が日本人にはあまりないように(残念ながら)思う。 誰か独りに負わせる代わりに社会で(皆で)決断をしておく。こういうコモン・センスもcommon senseの内なのだ。

最終更新日:2013年6月23日