この記事及び、この記事の元になっている記事それぞれのコメントのやり取りも含めて全部読んで、、、

確かに "論理的" には車内での携帯電話通話をあんなに忌避する合理性は認められないと思う。

論理的ではないなら感情・情緒の問題だと思われる。 実際、筆者に執拗に反論を加えようとしてる方々のコメントは総じて感情的だ[1]

未だガラパゴス化を撤回できず - 政治・経済・医療・地球温暖化の常識に挑戦する - Mutteraway 時事問題 を語るブログ
http://bobby.hkisl.net/mutteraway/?p=3955

日本人の感性はガラパゴス化している - Mutteraway 時事問題 を語るブログ - BLOGOS(ブロゴス)
http://news.livedoor.com/article/detail/5922594/

直感で大胆に予言するなら、多くの日本人が車内等公共の場での携帯電話通話に強く忌避感情を感じるのは、

セックスを代表格とする「秘め事とするべきわたくしごと」を捉える脳部位が反応しているのだろう。



だ。

何でかは現在のところ思い至りませんが、兎にも角にもあの直情的とも言える忌避反応は、こうとでも考えないと説明が付かないと思われます。

脳科学に疎い人には信じられない事なのかも知れませんが、「〜と考える」から「〜という脳反応が起こる」のではないケース・・・つまり脳反応が先にありきで、これを正当化する理由を後から付けているケースというのは割と多いというのが脳事情の真実で[2]、この事を知っていると、あの後から付けた臭さを感じる携帯電話通話を否とする理由一連もこれである可能性が低くないと思うわけです。

脳内のマッピングを検証している学者の方、どなたか検証をお願い致します。


----[ 脚注 ]---------------------------------------------------------------------------
  1. 感情を論理でドレスアップしているが
  2. 脳反応が在って初めて考えというものが生まれる → つまり「思考というのは脳反応に先んじれない」ので自覚できないから

最終更新日:2012年4月20日