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BCG摂取して貰えるかどうか問い合わせをする?

2020/04/03 に以下の投稿をしました。 これに対する補記などを改めて書きます。

1. BCG摂取が義務化されている国では新型コロナウィルス(以下COVID)の死亡率が低い相関関係が明瞭に見られる。
2. 有意な相関関係が見られるのはロシア株、日本株のBCGワクチンである。
  https://nosumi.exblog.jp/28020527/

これらを前提として相方と色々と調べた情報などを共有していて気付いた点。

3. 日本では2005年に小学校での集団摂取を止めている。つまりこの時点から摂取は法的義務とされているが強制性が無くなったので実質的に任意摂取(*1)となっており、保護者がうっかり失念していたりで摂取を受けていない子供が現在20歳以下では結構な割合居る可能性があるという点。
*1:保健所で実施する日が告知され受けに行く。行けなかった場合は後日個別に小児科に出向く形式になっている。

だとすると、若年層では比較的に軽症で済むとされているCOVIDあるが、例外的に重症化する若年層が出てくる可能性が想定されます。
また重症化する若年層が出てきた場合、その人がBCG摂取を受けているか否かの追調査を漏れなくするとBCG摂取とCOVIDとの相関関係の有無がよりわかるであろうと想定されます。

上記へのご意見広く賜りたく。特に専門家の方のご意見頂ければありがたく存じます。

補記:
1. 日本でBCG摂取が完全に義務化されたのは1951年なので、先日お亡くなりになった志村けんさんはギリギリ摂取組に入れていなかった可能性があります。
2. アメリカはBCG義務化された歴史がありません。このため、今後アメリカに於いて感染爆発が起こる可能性は低くないと考えざるを得ません。アメリカで起こったことは日本でも起こると構えがちな傾向を少なからず日本社会は保っていますが、BCG摂取とCOVIDの相関関係が有意とするならば、少なくとも本件に於いてはアメリカと日本では事情が大きく違っていると静観するのが正しい行動だと思われます。

BCG摂取済みがCOVID-19に罹患しても重症化しないことに寄与している可能性に関して慈恵医大葛飾医療センター医師の越智 小枝さんが知人の医師の以下の情報をシェアされております。

上記のBCG摂取とCOVID-19との相関関係の話は、

  1. 必要以上にパニック気味に恐れている人達に安心材料を一つ提供するためである側面
  2. 臨床的に有意な因果関係があるか否かは医療現場で実験的に臨床実施してみて貰ってこの結果が出るのを見守る

と受け止めるのが常識だと思っていたのですが、上記の越智 小枝さんのシェアされた情報から察するに、いきなりBCG摂取を要求する人が現れた訳ではないとは思いますが、BCG摂取して貰えるかどうか問い合わせをする人が出てきている可能性を伺わせます。

そうだと仮にすると、これは性急かつ身勝手な行動だと言わざるを得ません。 身勝手さという点でトイレットペーパーやマスク、食料品などを大量買いに走っている人達と同じ穴の狢。
それを特定の世代の人達の特徴的な行動であるかのような言い方はしたくはないですが、そう言ってしまっている人達の気持ちはわかりますね。

新型コロナ対策は「平和憲法」の精神で
– アゴラ http://agora-web.jp/archives/2045288.html

池田氏は「コロナ対策は戦争ではな」いと書いているが、戦争とは自分たちを害する存在と共存、それも平易に共存してくれない相手とどう折り合いをつけるか、その手段の一環と位置付けられるもので、ドンパチで殺し合いをすること[1]は本質ではない。
だから池田氏の書いていることは高度な意味での戦争、戦術論であるが、少なからぬ読者が、戦後の誤った教育の成果もあって幼稚な戦争観しか持っていないことが想定されるのでこういう書き方をしたのであろうとは思われ。と少し茶々を入れたくなっただけ。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. これだけが戦争だと思っているのは稚拙で幼稚な戦争観である

同邦人を誇りに思うのは良いのだが:錦織選手報道に感じる違和感より

言い回しが挑発的とか突っ込みどころという綻びは随所にある、確かに。

「にわか」連中に告げる : 長谷川豊 公式ブログ 『本気論 本音論』
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/40093043.html

綻びを突くことに執心しやすい人多いよね、日本って国は。綻びを指摘するこれ自体はまぁ良いとしても、これに執心するあまり幹の文意を歪曲して受け取り、その「言っていないこと」に猛烈に反発する人に絡まれて辟易した経験は一度や二度じゃないのでご同情申し上げます。
本題エントリーにあるニックコーチの「僕は褒めることしかほぼしないよ」という言葉の含意をよくよく考えられたし。

本題の方に戻って・・・
圭ちゃんは確かに素晴らしい、過去の試合ぶりと比較しても「化けた」と思わせる今大会の試合ぶり。
が、同じく今大会で「化けた」選手、それが決勝の対戦相手だったチリッチ。
何故に「力を着実につけてきた若者が大化けした! それも一人ではなく二人も! この素晴らしい若者二人の対決となった決勝は、この点だけでもエキサイティングじゃないか!」という扱いが出来なかったのかなぁという嘆息であり、その不見識さを指摘してる長谷川さんなんだけどなぁ。
全く同じこと・・・「圭ちゃんが素晴らしい試合を立て続けに見せてくれたことへの賞賛を惜しまないけど、同じだけ賞賛されて然るべきチリッチ選手の扱いが、同邦人の身贔屓を差し引いても小さ過ぎると思わない?」・・・を昨日の加熱報道を観つつ家族に言ってたので。

いやぁ〜、かっこいい! もう、この一言 Dirty Loops – Hit Me

音楽を聴いて血が沸いたのはほんとにひさびさ! 久々にその勢いで iTunes Store で即買いしてしまった。

いやぁ〜、かっこいい! もう、この一言。
本人達も言っているように TOTO の影響は小さくない、特にドラムがポーカロしてる。キーボードのサウンドも含むアレンジがスティーヴ・ポーカロのセンスに溢れているのが僕的には一番グッと来るところ。

でも、単純に TOTO の影響だけでなくフュージョン、ジャズ、ソウル、ファンク、、、雑多な音楽の影響を吸収している。良い意味でなんでもあり。
ボーカルの節回しは随所随所でスティーヴィー・ワンダーの顔が垣間見えるし、「えっ!これCASSIOPEIA?」と思うアレンジがブリッジで出てきたり(ドラムは神保彰っぽくもある)。。。ベースのあんちゃんはパンキッシュな出で立ちなのに凄くオシャレなベース弾くし。




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騙されたと思って買ってみ! iTunes Store なら試聴できるから聴くだけ聴いてみ!

I don’t speak English very well.? I can’t speak English very well.?

中学2年生の息子に「もう風呂入ったか?(早よ入れ)」と云うのを、最近英語への関心が強くなっている彼に合わせて
“Have you taken a bath yet ?”
と訊いたところ、
“I don’t speak English very well.”
と返事が、、、

この文脈(context)の場合、本当は英語が理解できているけどもわざととぼけて「ワ タ シ エ イ ゴ デ キ マ セ ン」という意図なので、これで良いのだけど、咄嗟に別の考え、、、
本当に「私英語が苦手なんです」という意味で使う場合は “I can’t speak English very well.” ではないのか? ”I don’t speak English very well.” だと「うまく話そうする意志がない」、下手をすると「うまく話せるようになんかなりたくない」と、まるで喧嘩を売っているような意味を伴いやしないか? でも “I can’t 〜” だと「その能力がそもそもない(どんなに努力しても英語が理解できる脳力がない)」という意味にもなり得る、、、そうこう考えている内に日本人的にこう言いたい場合って「(ちょっと謙遜も含めた感じで)英語が然程うまくありません」という言い方(伝え方)をしたい場合だよな 、、、などと考えがグルグル頭の中を回って、どれが適切な表現なのかわからなくなってしまった ^^;。

ぐぐってみた処、同じ疑問を持つ人はやはり居るとみえて、Yahoo!知恵袋 とかに同様の質問が上がっていたりはするのだが、イマイチ決定力(説得力)に欠ける回答しか得られていない感じ、あとは2chのスレで、やはり『”I can’t 〜” だと「その能力がそもそもない(どんなに努力しても英語が理解できる脳力がない)」という意味に受け取られる』という指摘はあったりし、、、コメントを追っ掛けていくと『否定形を使わずに「少しできるだけです」という言い方をする方』がスマートみたいと判ってきた。
すると “I speak English a little.” が良いのか? でも、これはこれで、なんか凄く卑下している感じ。
またぐぐってみると「文法的にはどちらも間違いではないが、ネイティヴは “I (can) speak English a little.” と云うより “I (can) speak a little English.” と云う方を自然と感じる(前者は不自然と感じる)」とあり、うぬぬぬ。よけい迷路に入ってしまった。

あれこれ低レベルEnglish脳を駆使して出てきた「(ちょっと謙遜も含めた感じで)英語が然程うまくありません」というニュアンスに一番近いのではないか?と捻り出せたのは、

I (can) speak English not so well.

どうしても「do not」を使いたい場合は、 I don’t speak English good enough. かな?

但し、イマイチ自信無し。

こういう時は名人の助けを請おう!
論理的に正確ではあるかも知れないけども長ったらしい説明をぐだぐだ並べるのではなく「ここがキモ!」という「感覚的にすとんと収まる説明ができる」という意味でナンバーワンだと思っている dankogai先生 を強引にTB掛けて呼び出すのだ!
404 Blog Not Found:文脈論、または文法におけるその欠如、または"I love you"を日本語に訳せない理由

逆指名よろしくお願いします!

中国人を馬鹿にし過ぎ

またもTPPネタ。
但し本丸の方はもう決着したと言えるので枝葉の話 [1]

今回のTPPに纏わる報道を観ていて違和感を感じた一つに、消費者団体 [2] が「食の安全が脅かされる」とTPP反対を表明していた点がある。
これの根拠として中国製冷凍餃子中毒事件を挙げているという幼児性。
相前後して発覚した日本国内の食品偽装問題、食品汚染事件をみて分かる通り「信用できる業者と信用できない業者がある」という事実。これを延長して「中国にも」「信用できる業者と信用できない業者がある」という考えてみれば当り前の中学生にも分かる話になる筈が、どういうわけだか国境の外の話になると「中国の食品(農産品を含む)は全て危ない」という飛躍した話になる。

社会主義の負の面として、真面目にいい仕事をしようがいい加減に仕事をしようが同じ労働に対しての対価は基本的に同じという側面から、なるべく楽をして(手を抜いて)仕事をする方が賢いというモラル低下が共産党支配になってから顕著になり今もその余波が残っているのは確かで、この意味で総体的に比べたら「いい加減、または不正な仕事をする人および企業」は日本より中国の方がパーセントにして今までのところ高いであろうという推定はたぶん間違っていない。
ただここで注意すべきは「パーセントとしては日本より低いかも知れないが真面目にいい仕事をする人および企業はゼロではない」という点と「今までのところ」という点である。
実際ここ数年をみていると中国産の製品(農産品を含む)のクオリティーは眼を見張るくらいに向上してきている。
これは何故かというと簡潔に言えば「それで金になる」と学習した中国人が増えてきているからである。

実に粗い大雑把な捉え方ではあるが、その国の国民性というか、その国の国民(民族?)の大きなレベルでの行動原理が何に支配されているかというのを端的に言い表すと、中国は「金治」の国だと言える側面があり・・・つまり「金(経済)によって治まっている国」なのではないか?というのが私の見立てである。
日本では「拝金主義」と言うと99%悪い意味にしか受け取られないだろうが、これを「金に応じてプロフェッショナルに徹しようとする主義(または態度)」だと捉え直すならば「応分の経済的利得が確保される限りに於いて応分の努力、責任を果たす」という自由主義経済圏に於いての経済人としての実に真っ当な感覚なだけであると分かる筈で、この意味に於いて中国人は「拝金主義」であると・・・つまり悪い意味も含むだろうが良い意味でも拝金主義・・・言えると私は考えている。
つまり、以前の社会主義時代の悪癖から抜け出せないで相変わらずいい加減な金儲けをする者もまだまだ沢山居るが、「いい仕事をすれば金になる」と分かった者がいい仕事をし出して、その数も増えてきているということである。
以上は状況等を客観的に観察した私の推測に元々は過ぎなかったのだが、これを中国の企業を相手に取引をしている会社に勤める友人 [3] 、知人にぶつけたところ「大筋で間違っていない」という返事が返ってき、また「金になると判った途端に眼の色が変わる彼らの向上心も含む貪欲さには敬服するものがある」という意見も貰っている。

つまり私の言いたいのは、今までは確かにバカにされても仕方ない低レベルなことをやっていたのかも知れないが、いつまでもそのまま馬鹿にしている態度で正しいのか?ということである。
実際、この設問自体既に過去にものになっていると私は思っている。
つい4〜5年くらい前までは「日本の企業または個人が中国に進出してこの管理・監督下で操業していた会社は」という鍵括弧付きであったかも知れないが、今やそうではなくなってきている。

もう20年以上前の大学生の頃に読んだ大前研一氏の本に「我々はご飯をいただく時に “お百姓さんに感謝していただきなさい” と躾、教育をされて大きくなってきた。これが海外の農業従事者になった途端 “商社が買い付けてくる買い付け先” に過ぎないという態度は正しいと言えるのか? 安全で美味しい食品を我々に提供してくれているのなら海外のお百姓さんにも等しく感謝するのが当然なのではないか?」という意味合いの [4] 一節があったのを今でも憶えている。 この一文は、よく考えもせず(無根拠に)なんとなく「日本の農家は信用できる」と思っていた自分のその考えが「そうとは自覚無しに国粋主義的・民族差別的に発想していたこと」に気付かされ当時非常にカルチャー・ショックを受けた。
冒頭に引用した「食の安全が脅かされる」と表明していた消費者団体などは、またそれに喝采を送っている人達は、このこと・・・民族差別的、国粋主義的言辞であること・・・に気付いているのだろうか?
また真に「食の安全」と言うのなら、「安全基準、衛生基準が決められていく過程も含めて “見える化” し我々のチャックが充分機能するよう」に要望するのが筋で、TPP反対ではない筈。

念の為に付言しておくと、私はいわゆる媚中派ではない。上記の考察の通り「金にあまりにも敏過ぎる」ので個人的には好きにはなれない。
しかし、その金に敏過ぎるマイナス面だけを言い立ててプラス面を無視するのはフェアではないと思うのである。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. TPP是非論じゃないという意味で、この問題が重要じゃない枝葉末節の話という意味ではない
  2. の全てか幾つかだけかは知らない。そこまでちゃんと調べていない
  3. 月に何度も中国に出張している人。経営者も含む
  4. 一字一句正確な引用ではない

「空気」の汚染の方が遥かに怖い

前から、そして今も思っていることなのですが「氏名」「住所」「出身校」・・・この程度の情報が果たして「個人情報」なのか?という疑問。
いや、個人情報と言えば個人情報の内です。確かに。
ではありますが、他人に知られて特段不都合がある、この意味での「プライバシー」という範疇に入れて良いのものなのかどうかという疑問です。

この10年くらい、この「個人情報:プライバシー」というものにヒステリックな過剰防衛的に世の中全般がなっているという実情があり、これってよくよく落ち着いて考えれば結構というかかなり異常なのではないか?と思うのです。

あなたがよほど有名人・・・特に芸能人であるとか・・・であるなら何処に住んでいるのか知られるとストーキングの心配があるとか、分かるのですが、一般人が何処に住んでいるか知られた処で、先ず以てそのこと自体に興味を示す人は皆無に近いと言えるし、況してやストーキングの心配など交通事故の被害者になる確率より低いと断言できます。
一般人がストーキングに遭う可能性があるのは「それ以前に何処の誰で何処に住んでいるのかを知らせている相手から」であり、「何処の誰かも知らない見ず知らずの人から」の場合は限りなくゼロに近いと断言して良いと思われます。

「一般人が有名人並みに自意識過剰になっている」と言えば言いすぎでしょうか? [1]

この「私」という「自意識過剰」さは、いま巷に蔓延している放射用汚染に対する “非科学的” かつ “非論理的=感情的” な「安心と安全を混同した [2]」ヒステリックな反応と根っこの部分は同じなのではないか?と思うのです。
実際「汚染」と呼ぶには余りにも笑止なくらい微量の放射性物質が飛散したに過ぎないわけで(以下に引用の画像中の赤色および非彩色の10km圏内を除く [3])。文科省の航空機モニタリングによる空間線量マップ(8月28日現在)

中島聡氏の「空気」論法 : 池田信夫 blog
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51747180.html

「私」を最大限拡大した「人の命」論法は、この(昨今の)日本人の多くが持つ自意識過剰さを心地よく擽り「悲劇のヒロイン病」に仕立て上げる。
いや反対に、「悲劇のヒロイン病」にいつでも罹患できる素地である自意識過剰さを持っているから、「私」を最大限拡大した「人の命」論法に簡単にコロっと騙されるのだ。と思います。

さようなら大江健三郎 : アゴラ
http://agora-web.jp/archives/1378824.html

今は表舞台から姿を消した上岡龍太郎氏が20年以上前から言っていた言葉を思い出します。

それ自体は本質的に正しいので誰も正面切って反論を加えにくい、誰の目にも明らかな倫理則、道徳律・・・「親を大切にしましょう」「人の命は尊い」「子供達の未来を…」「愛」「平和」「人権」・・・という言葉を正面切って主張する人間は信用してはいけない。当人は正義のつもりで言っている場合が特に危険である。

この自意識過剰さは真性の意味で自意識過剰なのではなく実に歪んだ病的な自意識過剰さであることは、本名登録であるFacebookが、全世界的には凄い規模で支持され拡大を今なお続けているのに比して日本では敬遠する人が多いのに代表されるのに表れていると言えます。 真に自意識過剰ならば、自分の名前はより多くの人に知られたいと思う方が自然だからです。
見立て様によっては、自分は何処にいるのか他人に察知されない陰に隠れて影響だけは最大限及ぼしたいという実に姑息かつ陰湿な自意識過剰さと言えるでしょう。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 「具体的誰かではない他人から監視されているような気がする」というのは一歩間違えば統合失調症者の持ちがちな被害妄想(念慮)に非常に近いと言えますが、今したいのこっちの方向の話じゃないので置いておきます。
  2. 安全は客観的つまり科学的に線引き可能ですが、安心は感情=マインドの問題なので極端な人のそれはご本人自らで解決して貰わないと誰もどうするこもできない
  3. 文科省の航空機モニタリングによる空間線量マップ(8月28日現在)より引用

島田紳助引退について(アリバイ)

島田紳助引退という少なくともTVのバラエティ分野にとっては驚天動地の出来事を受けて、予想通りの「判で押したよう」な「小学生の学級会レベルの偽善的建前報道」が一通り済んだら、これも予想通り「喉元過ぎれば熱さ忘れる」的にもう旬の話題でなくなった。
(掘り下げない上辺の議論を数だけは辟易するほど垂れ流すことで話題を消費し鮮度を落として「もう旬ではない」にするのは日本のTV業界の常套手段ではあるが)

もう旬ではない感があるのに今更ノコノコと、と思われる向きもあるだろうが、「この時点で私はこう考えていた」という推測をアリバイとして書き残す。

紳助が引退を決めた理由は暴力団関係者との付き合いがあったこと、問題解決をして貰ったことだとされているが、こんなの嘘っぱちであることは、少し考えれば誰にでもわかること。
これはこれで事実として在ったことは確かだろうが、これが引退を決意した真の理由ではないという意味である。
本人も会見で吐露していたように「こんなことくらいで」引退をするようなタマではない。紳助は。
(良い意味でも悪い意味でも算盤勘定に長けた抜け目のない人物であると私は思っている)

それが、莫大な違約金が発生する可能性が高いことをしてまで引退と決めたのには、それ相応の理由がないとおかしい。
(暴力団関係者と云々・・・というのは理由として小さ過ぎる)

・芸能活動を続けるには、それを受け入れるしか選択肢がなく、
・かつ、それを受け入れると(芸能活動を続ける限りは)一生吉本興業に飼い殺しにされる何らかの(これこそ驚天動地の)裏取引を吉本興業に突き付けられたのではないか。
・つまり、それを飲んでまで芸能活動を続けるデメリットよりは芸能人を辞めるデメリットの方がマシということ。
・そして、それは明るみに出てしまうと紳助、吉本興業双方ともに社会的制裁を受けることは不可避の内容。

というのが私の推測である。

漏れ聞こえてくるところによると、違約金はどうも紳助個人の負担にはならず吉本興業が肩代わりするみたいであるとかないとか、、、。

もし本当にそうであるなら(違約金は紳助個人ではなく吉本興業が支払うのであれば)、先の引退会見で述べられた公式見解では説明が付かない度合いがより高まる。
(公式見解の通り責任は紳助個人に一意的にあるのなら彼に負担させれば済むだけであるから)

この推測が正しいかどうかはジャーナリスト諸氏のどなたか追い掛けてみて欲しいのだが、、、そんな根性のある人はいまや居ないよなぁ、たぶん。

マイ・フェイヴァリット・ドラマーRushの Neil Peart


マイ・フェイヴァリット・ドラマーRushの Neil Peart がアメリカCBSで放送されている深夜トーク・バラエティ番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』 (Late Show with David Letterman)に出演した時のビデオ。(僕自身はギタリストなんだけど何故かフェイヴァリットはドラマーが多いの)
日本語では何故かニール・パートと記載されることが大半だけど、ビデオを観て分かる通り「ニール・ピアト」の方が寧ろ正しいです。
テクニシャンであると同時に “アイデアマン” でもあるニール。トリガー&MIDI機器を駆使して面白いソロを組み立てているのはRushファンにはお馴染み。
テクニック云々で語られることが多いニールだが、個人的には “音” と “間” が「気持よくシャープ」なのがカッコイイと思っています。
テクニックは或程度以上無いと駄目なのは事実だけど、反対にテクニック面ばっかりでセンスの全然ない人は心が動かないので駄目です。

日本人なら神保彰氏なども同じ分類に入ると思います。 テクニックもさりながらセンス&アイデアが秀逸で「聴いていて気持ちのいいドラム」。

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