外傷性精神障害 と PTSD

“PTSDと外傷性精神障害”

 外傷性精神障害は、比較的新しい疾病概念で、旧来の概念では「神経症」の一つに分類されるが故これ独自の病態があるという認識、これ独自の対処が必要という問題意識は、精神科医、心理カウンセラーの間にも不充分にしか浸透しておらず、その現われとしてこの呼称は未だ広く確定的に支持されているものではありません。

 外傷性精神障害とかなり程度重なる疾病概念にPTSD(Post Traumatic Stress Disorder : 心的外傷後ストレス障害)があります。 こちらは阪神大震災以降、割と有名になった通り「日常的常識レベルを越えた予測不可能の(不測の)事態、事件に遭遇し、これが精神的[ダメージの記憶]=[心的外傷]として心の大事な領域を占領されるかたちで残り、その結果意志通りの自由になってくれない心の領域をたくさん抱える事になり日常生活に支障を来たす」というものです。

 この中の「意志通りの自由になってくれない心の領域」が出来る結果生まれるのが、

  1. 情緒不安定(情緒のコントロールが利かない)
  2. 感情の喪失もしくは鈍麻(感情がコントロールの利く範囲外に行ってしまう)
  3. 「ある考え」「ある思い」に囚われやすく一旦囚われ始めると思考、感情が意志のコントロールを離れて暴走する。 これと解離(特に人格解離)が合わさると、一般の人には精神病にしか見えないでしょう、たぶん。
  4. 不眠(全く寝れないものよりは、一旦は寝てもちょっとした物音で目が醒めたり、トイレに何度も起きてしまうなど、浅すぎる睡眠の場合が多く、寝ても一向に寝た気がしないというのも多い。)
  5. パニック発作(ある日突然に、電車に乗ったり人混みに入ると強烈な威圧感、窒息感を感じ、或いはこういった感じがなくとも、心拍数が異常昂進するなどの事態が訪れ、これを何度か経験する内に、電車の乗るのが、人混みに出掛ける自体が出来なくなる。引き篭りを招きやすい。)
  6. 記憶のフラッシュバック(脈絡なく唐突に甦る記憶)
  7. 繰り返し何度も見る悪夢
  8. 感覚異常(幻覚、異常知覚)
  9. かなり曝ら様な記憶の一部の欠落、もしくは、記憶は残っているがそれに伴っていて当然の感情、が抜け落ちて記憶されているという(事実だけを淡々と憶えている)状態  これは、そこに「思い出したくない」「不愉快な感情」が同居しているからだと考えられ、この感情を思い出したくないがため記憶そのものを封印すると前者に、感情だけを無理矢理切り離して封印すると後者になるものと考えられます。
  10. 適正、正当な理由以上に、過剰に反応してしまう出来事、言葉、状況設定、色、触感、匂い、、、などがあり、何故それに過剰反応してしまうのか自分でも分からない、という状態。 これは、その人の中の「連想ロジック」で、思い出したくない「ある事象」に行き着くので、これを避けようと意志のコントロールとは無関係に感情が本能的に回避的に働くからだろうと考えられます。

     こういったものが挙げられます。



 通例PTSDの文脈上で語られるのは、心的外傷が出来るきっかけとなる出来事が、誰の目に見ても明らかな、苛烈でショッキングな一回性の出来事である場合です。

 ところが、こういう誰の目にも明らかな苛烈な出来事ではなく、他人から見れば別に大したことないと思えるような小さい出来事、これですらも「ある条件」を満たした場合心的外傷を形成する場合があるのです。

 この「ある条件」とは、「自尊心を蔑ろにされる経験」であった場合で、且つこれが何度も繰り返し積み重ねられた場合です。(個人的には、これも含めてPTSDだとすべきと考えています。 また、同意見の医師の中には、苦肉の策として「複雑性PTSD」とか「Complexed PTSD」と呼んでいる方も居ます。 これは、現在精神医学界で最もポピュラーな診断基準であるDSM-IV(アメリカ精神医学会策定)が現段階では「一回性の出来事」と狭く定義されている事の影響が大きいと言えます。)

 当然、この条件に一番合致しやすいのは(原因→結果という単純な因果関係ではないですよ)、成人するまでの生育環境の不備がありますが、単に「愛情をあまり掛けてもらえてなかった」とか「構ってもらえなかった」というだけでなく、これと同時に「自尊の気持ちを踏みにじる養育者の関与の仕方」が存在していたのが外傷性精神障害の特徴です。

 より具体的には、両親共もしくは何れかが、考え方、価値観、信条などが非柔軟で、権威主義的[1]であった場合が大多数で、またこれが日本の場合は「男尊女卑」というかたちで顕われている[2]ケースが多い(ので外傷性精神障害は女性の罹患率の方が高いのでしょうか?)。 と同時に両親共もしくは何れかが、情緒表現が稚拙(普段は、あまり表現せず、感情が表現される時は過激、過剰---- つまり、コントロールが利いていない)であった場合が多くを占めます。

 一個一個の出来事を取り上げたところで、それ自体は「大したことない」「なんでもない」「誰にでもある経験」だったりすることも多く、当然ご本人は「別にどうってことない」「気にし過ぎなだけ」と思っているケースが多々あります。 また、解離性健忘(後述)によって、ひどく自尊感情を踏みにじられた記憶を、無意識に封印しているケースも少なくなく、この場合もその記憶が無かったり定かでないので、ご本人は「別にどうってことない」「気にし過ぎなだけ」と思う結果になります。

 また、権威主義的家系は、身内の恥を他人に知られるのを極度に嫌う傾向が強く、共産主義国さながらの情報統制的な暗示(「疑問を持つな」「話すな」「態度に出すな」)を掛けられ、この禁をおかすと罪悪感を強く催されるようマインドコントロールされているケースも少なくないです。

“納まらない感情”

 ひとつ例を挙げると・・・「ジャンボジェット機が墜落炎上 乗員乗客二百人余全員死亡!」という事故が発生した時、即座にどのチャンネルも臨時ニュースで取り上げ、号外は発行されるわ、次の日には全ての新聞が一面に大々的に取り上げ、、、という具合で、よほどの世捨て人でもない限りこのニュースを知らないという事はまずありません。しかも、その事(誰一人としてこのニュースを知らぬ者など居ないという事実)も、あなたをはじめ皆が知っている筈です。 ところが、次の日、あなたは[ このニュースの事を知っているに決まっている人 ]を相手に、会う人毎に、このニュースの話をするはずです。 いわく・・・「昨日のニュース見た?」「うん、見た!見た!」「凄かったなぁ! ものすっごく派手に燃え盛ってたよな!?」「うん、うん。」「あの状況じゃ、生き残ることは不可能やわな。」「そう、そう。」「なぁ! 二百人余全員死亡やで!?」・・・。

 冷静に考えれば不可思議な行動だと言えませんか? その相手は、このニュースについて知らない相手ではなくて、既に知っている相手なんですよ! 新しい情報を教えているわけでも、教えてもらっているわけでもない。 論理で考える限り、身内等がこの事故に関わっている一部の人を除けば、何のメリットも無いように思える行動です。

 この不可思議な行動の謎を解く鍵が「感情」です。

 こういう事故を目の前にした時も論理は「そりゃ飛んでいるものは落ちる時もあるだろう」とか「ジャンボジェット機というのは堅牢な密室なんだから、これが火に包まれると逃げ場はないよ。」「逃げ場が無いんだから、よほど運が良いんじゃなければ死んじゃうよな。」と割り切る為の理屈を色々と付けて行きます。 論理思考はこれでかたが付きます。

 ところが納まらないのが感情です。 感情にとれば、鉄の塊が空を飛ぶ時代になってこういう事も起こり得ると解っていた上でも、人の命がほぼ一瞬で、理不尽に奪われてしまったという事実は「受け入れがたい」事実なのです。 

 そういう受け入れがたい事実に対して、怒りなり憤りなり悲しみなり...etc の納まらない感情が発生するのです。 「納まらない感情」というのは、これを抱え続ける事は心理的負担になり、実際不快でしんどい事なので、これを納めようとして、他人と共有するべくの行動を取るのです。 感情というものは「他者と共有すること」で納まって行くという性質を持っているからです。

 上記の「論理思考による割り切り」と「感情の納め方」、これのギャップが開き過ぎると問題が起こってくるのです。

 納めようにもそう簡単なことでは納まってくれそうもない「(不快な記憶を伴った)大きい感情の塊」が出来てしまった場合、「納まらない感情」を論理思考で必死に割り切ろうとし始める心理機制(こころが自分自身を守ろうと起こす防御反応の一種)が起こります。 「納まらない感情」を論理思考によって切り離し隔離しようする、と言い換えても良いかも知れません。 専門用語で「解離」「否認」「空想化」などと呼ぶ一連の心理機制です。 解離が一旦発生すると、どんどん解離を広げて行ってしまうという悪循環が始まるのが通例です。 解離が酷くなれば解離性同一性障害(いわゆる人格分裂)にもなります。

 この心理機制によって発生する心理疾患の代表が「外傷性精神障害」です。(このように心理的病は、本来は自分を守ろうと起った働きが逆に自分を病気にしてしまうという点でアレルギーに似ています。)

“自然に?忘れる”

 上記の「感情の納め方」とは、我々が日常的に殆ど意識することなしに行なっている「忘れる」というこころの働きに密接に関連しているんだろうと、勘の良い方は気付いたかと思います。

 「忘れる」というこころの働きは、大脳生理学的には、脳の中の海馬という部位の働きと関連していると言われています。 海馬は、古い脳細胞を再吸収しつつ新しい脳細胞を産んでいる脳の新陳代謝を司っている部位だからです。

 PTSDの患者の脳をMRIなどで観察すると、健常者の平均よりも海馬が萎縮している(体積が減少している)ことが判ってきています。

 人間は危険な目に遭遇するなどでストレスに曝されると、脳下垂体からACTHという物質が分泌され、これが副腎皮質に作用し、これによって次に副腎皮質からコルチゾールという物質が血中に放出されます。 これが扁桃体という感情を司る脳の部位を活性化させると同時に、扁桃体を制御抑制する働きも持っている海馬の働きを牽制、この合わせワザによってストレートな感情が出てきやすい状態が確保されます。 この結果、反射的に回避行動などの対処行動を導き出されるのだと推定されています。 これ自体は、危険から反射的、本能的に身を守る為の必要から存在する仕組みです。(切迫した緊急事態の時に、頭でいちいち考えていたのでは命を落としかねないですからね。)

 コルチゾールが大量に放出されることになる苛烈な体験、または、コルチゾールが恒常的に放出され続けていることになる状況(前述の「自尊心を蔑ろにされる経験が継続的にある状況」が正にこれに当たる)などの場合、海馬を抑制する働きをコルチゾールが持っているのが災いして(過剰になる故)海馬が著しいダメージを受けてしまうということが判ってきています。

 海馬が損傷してしまう事で、1:脳細胞の更新が遅滞し「忘れる」という元来は自然な作用が「自然に作用しない」状態になってしまう。2:扁桃体への抑制が脆弱になることから、反射的、直情的な感情が起こりやすく、かつ、感情が暴走しやすくなる。という二点のトラブルが出てくると推測され、これは外傷性精神障害の所見と見事に一致をみます。

 「忘れる」という心の動作は、心の持つ自然治癒力の一つだと言う事が出来ると思います。 実際、忘れるということで我々は守られていることが多々あると思います。

 よく一般に「自然に忘れる」という言い方をしますが、この自然治癒力が上手く働いている限りは、こう言うのは間違ってはいないのですが、PTSDを含む外傷性精神障害は、この「忘れる」という自然治癒力自体にダメージを受けてしまったものだと言えますので、「自然に忘れる事」が出来ない状態に陥ってしまうわけです。 これが、各種パニック発作や、記憶のフラッシュバック、解離症状が起こったり、他人の言動に対して受け流すことや忘れることが出来ずにいつまでも恨みのように思い続けてしまったり、する理由の一端です。

 基本的には、この自然治癒力が復活するまで待つしかないのです。

 実際にはそう簡単に数値化できるものではありませんが、話を分かりやすくする為に仮に数値化してみると、自然に忘れる事が出来ている状態で「忘れる」のに要する時間を仮に「10」だとしたら、「ダメージを受けた忘れる働き」(つまり海馬)が回復するまでに待たないといけない時間は「200〜1000」くらいだと思います。

 ただ、「待つ」と言っても、忘れる事が困難になっている状態というのは、それだけ脳内に抱えている総情報量が増えているということをも意味しますから、これは凄い緊張状態です。 また、忘れる事が出来ないとは「物事を整理することも出来辛くなっていること」も意味します。 人間というのは、バラバラの出来事に脈絡、関連を見つけ出したりなどで物事を整理することで落ち着くように出来ていますから、これが出来にくい状態だと混乱しやすい状態がどんどん加速する傾向を強く持つことになります(これを無理矢理に理屈付けで回避して行こうとすると解離に行き着く)。 これに更に既述の「扁桃体に充分な抑制が利いていない事から起こる感情の暴走しやすさ」も加わりますので、緊張度合いは何重にも加速させられていることになります。

 ですから、健康なら普通と言える生活環境ですら、混乱を加速させる要因になる可能性が幾らでもあり、こういったものを普段の生活環境から少しでも取り除いてやる、こういう意味で「守って」あげるようにすると、その分だけ自然治癒力の回復を早める事に繋がります。(普通の日常生活の中にはこういう危険に常に曝される危険性はいくらでも存在します。 かと言って、よほど経済的に裕福な人でもない限り、日常生活から隔離された安全な状況で長期間過ごすなんてことは出来ませんので、悪化する危険性と常に隣り合わせです。)

 これからも分かる通り、外傷性精神障害の方には「安全な場所の確保」が、まず何よりも必要です。 ここで言う「安全な場所」というのは、ストレスが極力少ない状況であり、かつそれが安定的であること、また心理的に安心感を抱ける「場」のことで、現実実在レベルの話であり、と同時に心理的、内的レベルの話でもあります。

 外傷性精神障害の治療にあたっては、カウンセラーは「安全な空間の提供者」であろうと努めるべきで、無闇に過去の記憶をほじくり返したり、それを分析的に過ぎる分析(一切分析をするな、という意味ではない)をしたりはするべきではありません。(「私を理解するためにしている分析だ」とクライアントが感じられている限りは、この限りではありません。)

 治療を受ける立場であれば、無闇に過去の記憶をほじくり返したり、それを分析的に過ぎる分析をしたりするカウンセラーは絶対に避けるべきで、「温かさ」と「安定的に保護する力」を有した(とあなたが感じる)カウンセラーを選ぶべきです。

 たとえば風邪にしても、その時に病院に行って貰ってくる薬は「風邪を治す薬」ではありませんよね? よく「風邪の特効薬を開発したらノーベル賞ものだ」と言われる如く、実際「風邪に効く薬」はありません。 その時服むのはあくまで「風邪の諸症状を抑える薬」です。 つまり、こういったものを服んで安静にして居ることで自然治癒力が働けるだけの体力の余地を作る努力をして、自然治癒力が働いてくれる事を期待して待っているわけです。

 で、実際この対応で大抵の風邪は治ります。 だから治しているのは自分自身の自然治癒力です。

 外傷性精神障害は心理疾患の中でも特に目立って向精神薬の類が効果を発揮しませんが、この観点で酷い症状を少しでもマシする意味合いで、服薬する事は無意味では決してありません。

 外傷性精神障害は、「症状のデパート」と呼べるほど、ありとあらゆる色んな症状を発症します。 思い付くままに並べるだけでも、鬱症状、情緒不安定、自殺企図、自傷行為、離人症(解離症状の一つ)、人格分裂(正確には解離性同一性障害と言います)、各種依存症(多いのは、男性なら仕事依存、アルコール依存、女性なら対人依存、セックス依存)、躁状態、パニック発作、不潔恐怖、自己臭恐怖、対人恐怖、広場恐怖、視線恐怖、チック、書痙などの痙攣性症状、被害妄念、自律神経失調症、過食症、拒食症、不定愁訴、ノイローゼ、、、これだけ挙げることが出来てしまいます。

 このように色んな症状を、状況ごと年齢に応じてカメレオンのようにその様相を変転していく(アメリカ精神医学会で「PTSDが確定的診断を得るのに要する平均年数は8年[3]」という報告もあります)ので、その時々に係った医者によって診断名がマチマチという事は珍しくなく、むしろ当たり前とさえ言えます。長年精神科に係っているが一向に病状が快方に向かわず、また診断名がイマイチ不明確(不安定)な人は、外傷性精神障害を疑ってみた方が良いかも知れません。

文責:庄司拓哉 2002/08/03

----[ 脚注 ]---------------------------------------------------------------------------
  1. 権威主義的・・・知識、人柄、人望などに対する他者からの尊敬、敬意によって裏付けられているのが本来である「権威」を、「上下の力関係による上位者に対する絶対服従」と誤って理解している人達を形容する言葉。「権威」を単に「力」だと誤解釈しているのが特徴。 自分が「下」だと思っている相手には媚び諂い、盲従し、自分が「上」だと思っている相手には、殊更に自分の力を誇示し(しかも根拠薄弱)、下位者には絶対服従を強要(相手の意志は完全に無視)する。 話し合いによる説得、合意より、力による一方的封殺を好む。 違う考え、見識、価値観には不許容性が強く、「白か黒か」の極端な思考様式が目立ち、自分の意に沿わない者は「= 敵」と見なす傾向が強い(中間層の「敵でも味方でもない」という受け取り方が出来ない)。
  2. 「男尊女卑」というかたちで顕われている・・・「男尊女卑」という考え方の可否はともかくとして、、、こういう人達は「男尊女卑」の考え方にフィットしやすいメンタリティーを持っている、という意味です。 「男尊女卑」の考え方だから、こういうメンタリティーになった、という捉え方はあべこべ。
  3. PTSDが確定的診断を得るのに要する平均年数は8年・・・発症のキッカケや、その時の年齢、環境素因などによって「主たる病態として表に出てくる症状」は様々である事が多い外傷性精神障害は、その時の顕現症状によって「鬱」と診断されたり「パニック障害(PD)」と診断されたり、「ヒステリー」と診断されたり、「自律神経失調症」と診断されたり、、、と変転していき、これを数年繰り返した後に初めて外傷性精神障害であると判断できる病像の全貌が正体を現わす、ここに至るのに要する平均年数が8年であるという意味です。 過去の診察医をヤブ医者呼ばわりする外傷性精神障害の方は多いのですが、この話でも分かる通り、その時はまだ病像の全貌が顕現しておらず、後年から結果的に誤診だと言えたからとて、それをヤブ医者呼ばわりするのは、ちとその医者が可哀想です。 かといって、と同時に精神分裂病(統合失調症)と誤診されるケースは思いの外多く、これは厳に批判されるべきでもあります。

-- ※参考文献一覧 --
最終更新日:2012年4月20日


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