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大阪市では他に類を見ない心理カウンセリングとして 夢分析 を行なうセラピーです。自分の生き方、見失いかけている本来の自分を見つけ出すのに最適なセラピーです。


 変えられないものを受け入れる心の静けさを
  変えられるものを変える勇気を     
 このふたつを見分ける英知を与えたまえ  
ラインホールド・ニーバー

あなたの心は物語を常に欲しています。それは「あなたの」そして「あなたが “過去と未来と” “取り囲む世界と” 繋がっていると教えてくれる物語」を。「わたしを物語化」できるとこころは安定します。
夢というのは寝ている最中に脳が物語化をを摸索してる様子の断片が記憶に残ったもの。だからこれを分析することが自分の物語化を助けることになるのです。
処が人間には主観が強く働いていますので、自分に都合が悪いところは無視したり、思い込みによって客観性を失った・・・自己イメージが過剰な人は実際以上に良いように、卑下した自己イメージの人は現実離れして悪く解釈しがちです。
また、人というのは本源的に群棲動物ですので「私=個」という意識が強くなった現代人に於いてが特に、「個性」と「集合性」の自己内での葛藤が常に存在し、これのバランスをどう取るかというのが一大テーマとして(好む好まざるに関わらず)背負わされています。
であるので、「物語化」に於いても「自分さえ納得していれば他人がどう思おうが関係ない」と言える範囲と、そうでない範囲との線引き、及び(両者は全く無関係ではありませんから)うまく両者を結び付けれる工夫、知恵のようなものが必要です。
その為の心理学、その為の夢分析であると私は考えます。

庄司拓哉

 


25日にはクリスマスは終わっている。

キリスト教会ではクリスマスのミサと、言えば24日のイヴのことを指す。25日にもミサは有るケース多いが付け足しな感じがある(理由は後述)。カトリックでもプロテスタントでもこの点に違いはない。
感覚的に何となくそうであると感じている人は多いが、信者でもその理由をちゃんと知ってる人は案外と少ない。

クリスマスは「キリストの降誕を記念する日」なのであってキリストの誕生日なのではない(クリスマス → “Christ (por: Cristo)”の“mass (lat: missa)”なのである)。キリストが生まれたのは年末っぽい記述が聖書にはあるが、後述するミトラ教徒を取り込んでいく過程の中でそれと辻褄合わせっぽい伝承が生まれた可能性も低くない。
キリスト教がローマ帝国内に広まっていく時代、先んじてローマ帝国内に広まっていたのはミトラ教で、これは太陽神を主伸とする密儀宗教なので、太陽の力が一番衰え、かつ、この日を境に力を盛り返してくる冬至の日は「太陽が生まれ変わってくる日」として非常に重要で、既にローマ帝国時代に冬至を大々的に祝う習慣が在った。
このミトラ教徒を改宗させる一環として 冬至≒キリストの誕生した日 だった場合の方が心理的抵抗は薄らぐので誰言うでもなくそういうことに何時の間にかなって教会もこれを追認したのだろうと言われている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9

だから厳密に言えばクリスマスはキリスト教の本質とは何の関係もないと言える [1] のだが、その経緯は兎も角もキリスト教会の公式祭儀として「キリストの降誕を記念するミサ」が行われるようになっているのだから、これはこれで良いとして。問題は、その起源からして太陽が生まれ変わってくる最後の太陽が沈んで再び昇ってくるこの時間帯が最重要なので、25日の朝以降は「クリスマスは、もう終わっている」のである [2] 。実を云うと、クリスマスは24日未明から25日朝にかけての「徹夜祭」で行われるのが伝統的で、割と最近まで(日本の場合で1970年代後半くらいまで)は徹夜祭、つまり深夜ミサを行うのが普通だったのが、現代社会になって宗教的行動の比重が軽くなると同時に、社会的効率が悪い(次の日会社休むわけに行かない)などの理由から敬遠する声が強くなり、深夜ミサを行う教会が減って現在に至るという具合なのだ [3]
だから僕くらい(昭和40年生まれ)までは深夜ミサの時代を記憶しているので、明けて25日にクリスマスと言われても「なんか違う」と思うわけである。

そういえば、子供の時、クリスマスの度、殊に商業的クリスマスで信者じゃない人もクリスマスと言い出すようになってからは、「キリスト教で一番大事な行事は復活祭なの!」と力説していたのを思い出した。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. クリスマス・プレゼントに至っては完全にキリスト教とは何ら関係ないということを一般の人は全然知らないのだろうて。
  2. 引用したwikipediaにもあるように帝政ローマ時代の暦は日没からが次の日なので、24日の日が沈んでからは25日なのだ
  3. 今でも深夜ミサを行っている教会は少ないながら存在する。特に長崎五島地方


新聞社と愚かな大衆という共同正犯

特定秘密保護法案を巡ってのマスコミの反対の大合唱の茶番劇ぶり、また、これに踊らされて3000人以上もの人権派を自認する学者たちが声明を発表して、その“人権派”というのが如何に薄っぺらなものであるかを自ら露呈してみせたという点は多くの冷静な人達の嘲笑の的になったので改めて云々する必要はないと思います。

ただ、これに関しての以下に引用する池田信夫氏の記事内の記述で、改めて取り上げて強調しておくべきと感じた点を述べます。

日本のメディアは国家権力と闘ってきたのか? 特定秘密保護法案に反対する記者クラブの偽善:JBpress(日本ビジネスプレス)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39365

それは「読者が不買運動を始め、もともと危機に陥っていた毎日新聞社の経営はさらに厳しくなった(1977年に経営破綻)」という部分です。
1977年というと私はまだ中学1年生で、毎日新聞社が一度潰れたということは記憶してあっても、それ以上の詳しい経緯や背景については無知でした。

ここで池田氏が解説してくれている大筋を整理すると、

  • ウォーターゲート事件に絡んだFBIの捜査情報をウッドワード記者がスクープ。FBIの捜査情報は国家機密情報に該当するので、これを入手し報道したことは漏洩に手を貸したということになり違法。しかし、ワシントン・ポスト紙は連邦政府の圧力に屈しないでウッドワード記者の取材を支援、その全貌が明るみに出るに従ってその報道の公益性の方が極秘情報を入手した違法性よりも優っていたので検察は起訴しなかった。
  • かたや日本の西山事件の場合、毎日新聞社は西山記者を守るどころか「おわび」を掲載し、西山氏は一審で敗訴したあと退職した。

ここで毎日新聞社を蜥蜴の尻尾切りに走らせた要因として、不買運動で毎日新聞社に圧力を掛けた愚かな大衆の行動があり。そして、この愚かな大衆を動かしたのは「ひそかに情を通じ、これを利用して」という(今となっては、これ自体根も葉もない言いがかりだと判明しているが)情動に「西山というのは卑怯、卑劣なやつだ」と訴えかける扇情的な検察のレッテル貼りでした。

引用している池田氏の本文は、国家機密という法に抵触する可能性のあることでも報道の必要性があらば、これにあえてチャレンジし、当然あの手この手で圧力を掛けてくる公権力と闘ってこそのジャーナリズムで、今までポロポロと情報を漏らしてくれる(コントロールはされているわけだが)楽にネタを拾える馴れ合い関係がご破産になる公算が高くなりそうなので「反対」「知る権利が侵害される」と叫ぶ日本のマスコミは、それで公権力と闘っていることになっていると悦に入っている幼稚なものだと言っているわけで、これには100%首肯します。

時代は変わって、太平洋戦に突入していく契機になったものの中で決して小さくない要因に、毎日、朝日を含む新聞社がこぞって勇ましい主戦論のキャンペーンを大々的に行ったというものがありますが、「国家、軍部の圧力に屈して筆を折らざるを得なかった」という各社、殊に朝日新聞社の今でも続けている言い訳は大嘘であることは今や多くの人が知っている通りです。
これは何故かという点で多くの人が、そうした方が部数が売れるという商売上の打算という説明をしており、これはこれで蓋然性があり、その通りだと思うのですが、もう一つ、これがコインの表側だとすると裏側の事情・・・それは、反戦論、慎重論を展開していた地方紙数社が猛烈な不買運動や、焼き討ちにあって潰れたりする事件が時を経るに従って増え、また毎日、朝日もその紙面に慎重論を載せた翌日に購買所(販売店)が打ち壊しに遭うなどが多発、激化していったのが、大衆の顔色を窺って勇ましい戦功記事を載せつつも一方で国際情勢分析などからの慎重論も併記していた新聞各社が完全に戦争大礼賛一色の紙面に変貌する契機になっていたという点。

今一度、引用した記事中の西山事件のことを思い出して下さい。
それに簡単に屈する日本のマスコミがへなチョコ過ぎるのも確かにそうですが、物事の成否を冷静かつ深く考えずに不買運動などで圧力を掛ける行動に出る大衆の愚かさという点で共通しているでしょう。

大衆運動というのを考えた時、果たして健全な大衆運動というのは何なのか、あり得るのか?と、あり得ると信じたい私としても安易にそれを信じ、礼賛できかねると、この一例だけで思わされるのです。


Mac OS X の場合古いLANケーブルの使用でギガビットEthernetはNG

拙宅のネット回線はかれこれ丸8年イオ光を使っている。 今年の年初頃値下げされた上に長期割引との合わせ技で割安になるので1GBプランに乗り換えていた。 これに合わせてルータもギガビット対応のものに買い替えた。
開通当初、普通皆さんするであろう回線のスピードテストを実行してみると90Mbps前後。以前の100Mbps回線&ギガビットether非対応のルータの時代には、空いている時間帯で60Mbpsだったので速度アップしているし、回線が空いているわけがない時間帯での実行だったので「ベストエフォートだし、こんなもんか」と思ってその後特に追求せずにいた。

その後、この件とは直接関係ない調べ物をしていて自環境と全く同じ「イオ光1GBホーム&Aterm WR8300NをMac OS X で使用」という組み合わせで「コンスタントに200Mbpsくらいは出ている」というのが結構普通みたいという情報に突き当たり、「うぬぬ。ではウチはめちゃめちゃ遅いじゃん」と俄然気になり始め、あれこれ試した挙句、ルータを外してiMacから直接イオ光サーバに接続までしてみたのだが100Mbpsの壁を超えられない。

100Mbpsが壁になっているみたいだと気付いて、Mac OS X のシステム環境設定:ネットワークを項目を舐めていくと、ハードウエア項目内で「100baseTX」となっていて(構成は自動)、これが怪しいと睨んで、構成を手動にして「1000baseT」「全二重。フロー制御」に切り替えて適用を押すと、なんとネットワーク接続自体が切れてしまった(IPアドレスが取得されない)。
「100baseTX」に戻すとIPアドレスが取得される。また構成を自動にすると自動的に「100baseTX」が選択されるのだが、回線構成をOSが見に行っていて「100baseTX」だと判定されているという動作をしているのだろうと推定はできるものの、回線もルータもギガビットEther対応のものなので、というのはちょっと(かなり)解せない。

ここまでで試しいないのはiMac本体への接続に使っているEthernetケーブルしかない。しかし、例えば以下の記事など

ASCII.jp:古いLANケーブルでギガビットEthernetは使えるか|ネットワークの禁忌に触れる
http://ascii.jp/elem/000/000/561/561734/

にあるように、ギガビットEther対応ではない以前のケーブル(但し8芯のものである必要はある)でも速度に大した差は生まれないという話を聞いて知っていたので「まさか」と思いつつ、ケーブルをギガビットEther対応のものに変えてみると、システム環境設定:ネットワーク:ハードウエア項目内をみると「自動」で「1000baseT」「全二重。フロー制御」に既になっている。スピードテストをしてみると180Mbps出ていた。後刻、回線が空いているであろう早朝4時頃にスピードテストを実行してみると915Mbpsも出ていた「おおっ!」と思わず声が出た。

結論:Mac OS X は回線上に在る機器類の定格だけでなくケーブルがギガビットEther対応のものであるかどうかもチェックしていて、どこかに一箇所でも非対応のものがあると「1000baseT」になってくれない。
   8芯で実際上1000baseTでの通信に支障はないケーブルでも「cat-5e」以上のケーブルでないと駄目。

ということでMac OS X でギガビット回線を使っていて速度が100Mbpsを超えない方は、一度ケーブルを疑ってみるべきかも。です。


2014年6月24日 17時04分 追記
左カゲトラさんの指摘を受けて誤った単位表記を訂正。


その後:iPhone iOS7 メッセージ.app の連絡先参照が不正

前回エントリーのその後の追跡結果の報告です。

iPhone iOS7 メッセージ.app の連絡先参照が不正

前回「姓名が逆転しているものとしていないものがある」と書きましたが、その後の調査で、

  • 相手がiPhoneまたはiPadで
  • iMessageをオンにしている場合にのみ発生する

ということが判りました。 つまり逆に言えば「相手がiOSユーザではなく」または「iOSユーザでもiMessage機能をオンにしていない場合」は発生しない。ということです。

更に色々と改善策はないかとiPhoneを操作していると気付いたのが、SMS/MMS(メッセージ.app)上で右上の「連絡先」 → 「i(丸囲みのi)」 → 「編集」をタップして開く画面の中、下の方に「連絡先とリンク」というタップできる項目があり、「何じゃこれ?」と思って、試しにこれをタップすると連絡先.app に登録されてある通りの情報が流し込まれて正常になりました。但し、ニックネームに関しては正しく反映されないものが幾つか残る状態で不完全。

この一連の動きから推察して、iOS7からの仕様変更で、iMessage経由での送受信相手の連絡先情報は、連絡先.app を直接参照利用するのではなく、“連絡先カード”のような中間ファイルを生成してこれを利用する仕様になったようだと。そして、この中間ファイル生成時に姓名の順序を誤って流し込んでしまうというバグになっているのであろうということです。

何で、こういう回りくどい仕様に変更したのかは謎。 仕様変更は何らかの意図があってのことだろうと納得はして、動作チェックをちゃんとしてからリリースして欲しいものです。


2013年10月9日追記
前のエントリーと合わせた二つの記事を読んだiPhone使用の友人の多くから「ウチではそんな症状出てないよ」という声ばかりが寄せられ、またAppleユーザの強い味方
“拝啓 アップル様”… http://homepage1.nifty.com/nojiri/
の運営者:野尻隆裕さんにも報告し検証して貰った処「症状再現しませんでした」とのことで、「あれ?(・_・?)」と何が原因なのか分からなくなって振り出しに戻ってしまいました。
原点に戻って、再度 SMS/MMS(メッセージ.app)上で右上の「連絡先」 → 「i(丸囲みのi)」 → 「編集」をタップして開く画面の中の中をしげしげと観察し直してみると、「リンク済みの連絡先」として iCloud と共に Google連絡先 が何故かリストアップされている。「もしや、これか?」とiPhoneの設定:メール/連絡先/カレンダー の中をチェックしてみると、Googleのアカウントに於いてメール以外に連絡先も有効になっている(した覚えはないのだが)。これを開いて無効に(メールだけ有効の状態に)したら姓名の表示順、ニックネームが有効に・・・つまり正常に・・・なり、ここが犯人だとわかりました。
でも反対に考えると、私の場合Google連絡先は念の為のバックアップに確保してあるだけで普段は使わないから、これをオフにして解決してめでたしめでたしで良いけども、Google連絡先とのリンクを積極的に使っている(使いたい)人は、困るわけで、、、この姓名表示順、ニックネームが無視される、のはGoogle連絡先の仕様との兼ね合いでしょうから、使っている人はGoogleにフィードバックを入れた方が良いでしょう。

“連絡先カード”のような中間ファイルを生成する仕様に変更になったのは、どうもGoogleアカウントの連絡先ともリンクすることが出来るようにした為、セキュリティの観点から直接連絡先にリンクさせないようにした為ではないかと推測します。
また、「iMessage使用ユーザにだけ影響がある」かのように見えたのは、私がGoogleの連絡先にも登録してある人が、たまたまiMessage使用ユーザだけだったという偶然によるものだったみたいです(断言できるほど確証はないです)。



iPhone iOS7 メッセージ.app の連絡先参照が不正

昨日に続きiOSの問題をもう一つ見付けてしまいました。今度の明らかにバグです。

iOS 7 からの現象

  1. SMS/MMS(メッセージ.app)上での送信元の表示が姓名逆転している場合がある(全てではない)。
  2. 連絡先.app から当該のカードを参照すると「姓欄には姓が」「名欄には名が」正しく入っている。よみがな、ニックネーム(登録してある場合)も適正に入力されている。
  3. 同じものをSMS/MMS(メッセージ.app)上で右上の「連絡先」 → 「i(丸囲みのi)」 → 「編集」をタップして開く画面では、「名が姓に」「姓が名に」に本来のものと逆転した状態で反映されている。また、よみがな、ニックネームが欠落している。
  4. 姓名逆転せず正しく表示されているものの同じ画面を開くと(当たり前だが)全ての情報が正しく(連絡先.app の通りに)格納されている。

以上の現象からメッセージ.appが正しく連絡先情報を参照できていない(参照時に姓名、ふりがな等の関連付け機序を間違って読み込むバグ)ものと判断されます。

Appleさん、早急にバグ・フィックを。



iPhoneユーザ辞書の中身が消える>iOS7(またはiCloud)の極悪仕様

iOSを7にアップデートしたらユーザ辞書の中身が消えるというトラブルに遭遇した。
ところがどっこい、トラブル(不具合)だと思っていたら、これが仕様でのようであると判明して、この仕様変更はあまりにもユーザ無視の極悪仕様なのでここに報告するとともに糾弾したいと思います。
また、この情報を共有、拡散をお願いしたいと思います。

これが仕様であるようだと判断した経過は以下の通り。

  • iOS6から OS X 10.8 Moutain Lion の「ことえり」のユーザ辞書に登録してある単語がiCloud経由でiPhoneのユーザ辞書に同期される仕様になっている(パソコンで使用しているMac OS X が10.7以前の場合は実装されていない)。
  • 私は普段パソコン用のIM(Input Method)はGoogle日本語入力を使っているので、この新しい機能が実装されていることは知らなかった。
  • iOS7がリリースされたのでアップデートした処、iPhoneのユーザ辞書の内容が消え、かつ、(消えたのは諦めて)新たに辞書登録をしようとしても新規の登録(保存)すら出来ない現象に遭遇にし、この問題を解決するためにネットで情報を探索をしている過程でこの機能がiOS6の段階から実装されていたことを知った。
    (なので、ここで書いている状態はiOS6時代から既に存在していた可能性はあると思われます。但し、今回の件でネットで調べていて、これがiOSおよびOS X の仕様によるものだと気付いている人は居ない模様で、この点を指摘している情報は一切見当たらなかったです)
  • このことから、どうもiCloud同期絡みでこの問題が起こっているのでは?という推測が成り立った。
  • 普通にiPhoneの復元を実行しても問題が解決しなかったので、iPhoneのバックアップを取っておいてから、iPhoneの設定内の「リセット」からiPhoneを初期化してから、新しいiPhoneとしてアクティベーション&iOSを7にアップデートしてから、バックアップを復元。 この一連の操作でiPhoneのユーザ辞書は新規登録できる正常な状態になった。
  • 次にパソコンのことえりのユーザ辞書と同期するかどうかを試すため、ことえりのユーザ辞書にGoogle日本語入力の辞書から書き出した単語群を読み込ませて [1] iPhoneの 設定:iCloud:書類とデータ およびパソコンの システム環境設定:iCloud:書類とデータ をオンにし暫く待つと、見事に同期されちょっと感動。
  • iPhoneのユーザ辞書が使えるようになったので,これでめでたしめでたしと思って、暫く使っていると、ふと見るとまたiPhoneのユーザ辞書の中身が消えていることに気付く。
  • 「はて【・_・?】」と思っていると、、、ここで勘のいい人は気付いたかもしれないが、そう!パソコンでの使用IMをGoogle日本語入力に戻していたのである。もちろんオフに(システム環境設定:言語とテキスト:入力ソース でことえりのチェックを外す)はしていないのだが。。。
  • オフにはしていないので「まさか?!」と思いつつ真偽を確認するために(不便だが)パソコンで使うIMをことえりにして暫く使って、念の為に再起動したiPhoneのユーザ辞書を確認すると戻っている。 → 再びIMをGoogle日本語入力に切り替えてパソコンを使う → 暫く待ってiPhoneのユーザ辞書を確認すると中身が消えている。 → 再びIMをことえりにして暫く待つとiPhoneのユーザ辞書が戻っている。 → 以下同様
  • これを計で5度繰り返して、パソコンでアクティヴになっているIM:ことえりになっている時にだけiCloudでのユーザ辞書同期がされ、非アクティヴにすると同期が実行されなくなる。だけなのではなく「同期するユーザ辞書が存在しない=ユーザ辞書の中身が無い」として「内容ゼロの辞書を同期(つまり中身が消去)される」という動作になっているようだということを確認。

ここで問題なのは、同期するのを止めるだけ(iPhoneのユーザ辞書の中身はそのまま残る)なのではなく、iPhoneのユーザ辞書の中身を消してしまう動作をすることである。
これでは、つまり「ことえりを使わないとiPhoneのユーザ辞書は使わせないよ」と言っているのと同然で、パソコンでのIMをGoogle日本語入力、ATOK、かわせみ等サードパーティ製のものを使っている人は少なくない筈で、これらのユーザがiPhoneを使う場合の利便性が悪くなるのを体験させてことえりを使わせるよう半ば強要しているに等しいからです。独占禁止法違反である可能性が高い行為であると言えます。

Macユーザの皆さん、この独善的な仕様を、パソコンでことえりを非アクティヴにすると「ユーザ辞書同期が単に停止するだけ(iPhoneのユーザ辞書の中身はそのまま残る)」という穏当で当たり前の仕様に変更するようAppleにフィードバックを送りましょう!
フィードバックは以下から → http://www.apple.com/jp/feedback/iphone.html

また、この「iPhoneのユーザ辞書の中身が消える」という問題がiOSのバグまたは、偶発的な不具合だと思っている人に「これは極悪仕様になっているからなんだ」と教えて上げるために、この情報を共有、拡散をお願いしたいと思います。


2013年10月19日追記:
その後、野尻さん(@TakaNojiri)を含むMacユーザの友人、知人に検証して貰ったところ同現象は再現せず。また、拙環境でも、ことえりがアクティヴ/非アクティヴ何れにしてもユーザ辞書が全く同期されない事態になってしまい、もう何が何だかわからない状態になっています。何度も試行してみた上だったので「これで間違いない」と思っての当エントリーだったわけですが「極悪仕様」というのは一旦取下げさせて頂きます(この可能性がゼロだと言えるほどの確証もやはり無い現段階ですが)。
「これが原因かも知れない」「こうやったら直ったよ(直るかもよ)」という情報をお持ちの方は、「もしかしたら」レベルでも結構ですのでお寄せ頂ければありがたく。


——–[ 脚注 ]—————-
  1. 取り扱える品詞はことえりの方が遥かに少ないので、ことえりに合わせて品詞を適正にする必要はあります


経営者の忠誠心


日本語で忠誠心というと江戸時代からの上限関係観念の名残で兎角「下から上に対しての」というフレームに嵌めて捉えてしまいがちですが、上から下への忠誠心これもあって良いし、事実ある筈だと思います。
経営者になったつもりで考えて欲しいのですが。 雇う側の立場で考えれば有能な人を採用したいと考える。 特に中小零細の経営者であれば、履歴書/職務経歴書上「きれいな」人は大企業に取られているので、履歴書/職務経歴書上ではその能力の優劣可否を判断できない(できにくい)人の中から有能な人を、もし見付けられるのであれば見付けたいと考えている。
実際、履歴書/職務経歴書上「きれいな」人でも、雇ってみてから「(自社に合っている/いないを含めて)使いものにならない」と判定されるケースはゴロゴロあり、況してや履歴書/職務経歴書上で判定せずに人を雇おうとすると、早い話「取り敢えずやらせてみて」それから考えるという手法がもし出来るであれば、これが一番良い・・・履歴書/職務経歴書上では良い印象を与えられないけども能力なりやる気のある人には機会が与えられるというメリット、雇う側には判断材料が少なすぎる段階 [1] で採否を決めなくて良いというメリット・・・に決っている。
「そんなこと出来るようにしたら経営者側が好き勝手に人を使い捨てにするじゃないか!」と、おいおい、いつまで発展途上型の労働組合思想から抜け出れていないのだ、と言いたくなる左翼的思考法に(知らず)染まっている人は多いようですが、ここで考えて欲しいのが表題の「経営者の忠誠心」です。
経営者だって同じ人間だし日本人です。忠誠心があり仕事熱心の人を可能な範囲で厚遇したいし、長く勤めて欲しいと考える、という考えてみるまでもなく当たり前のことが何故か「労働者vs経営者」という構図になった途端忘却されるのはおかしいでしょ?ということです。
細かいテクニカルな論理考証は、池田氏のブログを拾い読みしていって貰えれば理解できますし、過去に何度も当ブログでも引用しているので繰り返しませんが、「日本人は勤勉で真面目」というその建前の綺麗事とは裏腹に、現在の労働規制は労働者側の忠誠心もとうの昔に破却している [2] し、かつ、経営者が労働者への忠誠心を発揮できる機会も破却しているということです。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 履歴書/職務経歴書という紙切れ上の綺麗事と僅かな時間の面接での印象の好悪という「そんなんで決めてええんかい!」という
  2. 世界でダントツ最下位!日本企業の社員のやる気はなぜこんなに低いのか?|『社会貢献』を買う人たち|ダイヤモンド・オンライン
    http://diamond.jp/articles/-/30488


クラウドストレージ「Copy」の転送速度を早くする方法

iOS、Androidにも対応した新クラウドス・トレージ・サービス「Copy」
Dropboxと同じ使い方・・・ローカル・ストレージ上の同期フォルダ(任意に設定可能)以下のファイルを丸々サーバ上にクローンとして保存してくれ、二台以上コンピュータを使って同じものを同期しておきたい場合に特に便利なサービスです。(コンピュータが一台でも、故障やHDDがお亡くなりになりなった場合にバックアップとして有効ですし)
また、共有用のフォルダを下位階層に作れ、友達、知り合いなどにURLを知らせることでファイルのやり取りにも使えます。
無料アカウントを作成すると5GBのストレージ領域が割り当てられ、友達紹介プログラムで、招待した側もされた側も、共に5GB増量して貰える太っ腹なクラウドス・トレージ・サービス(ボーナスが5GBになるのは期間限定とのことです。終了日は不明ですが)。
より大容量で使い倒せる有料プランもあります。

こちらのCopyの紹介用リンクからアカウントを作成すると、あなたと私に5GB追加されます。(容量が欲しいので、お嫌でなければご協力をお願いします)
[ ボーナス容量は招待された人がCopyアカウントを作成して、Copyのアプリ(iOS、Androidにも対応アプリがあります。もちろん無料です)からログインすると追加されます。あと、新規アカウント作成時にツイートすると更に2GB追加されます。]

使い甲斐のある大容量で非常にありがたいサービスなのですが、ここ半年ほど使ってきて転送速度があんまり早くない。「無料プランだから仕方ないか」と思っていた(既に使っているあなたも思っていた筈)のですが、、、スクリーンショット Copy 環境設定

何気なしに環境設定を改めて見ていると「Bandwidth Limit (Up/Down双方)」という項目があり、デフォルトではオフになっており、たぶんプログラムが他のアプリケーションなどの利用状況を判断して回線&システム・リソースを専有し過ぎないようになっていると想像されるわけですが。これをオンにして設定数値を大きくしたらどうなるか?と試してみたところ、劇的に転送速度が上がったのでTipsとして、ここに発表するわけです。
この結果から推察して、現バージョンでは先述のプログラムの自動判定&調整がちゃんと実装されていない(そもそも実装されていないかも?)ということなのかも知れません。

数値は、あなたの使用している回線速度が充分に速ければ画像のように「入力できる最大値:99999」に(因みにウチは光の1GB回線です)、そこそこ速度の場合は、回線速度に合わせてそれなりの数値に設定してみて下さい。

「今までのは一体何だったのよ!」と言いたくなるくらい劇的に速くなりますから、お試しを。

但し、将来的にサービス提供側が、無料プランには速度上限を設定する可能性はあると思います(ないかも知れませんが)。念の為。


I could try to understand you…

まずはこの動画を観て欲しいです。

この動画自体どうこうではなく、附されているコメントを追っていって「なんだかなぁ」と思う点を述べます。
コメントを追っていくと、この差別をなくせと言っていると受け取っている人や、「アメリカの方が人種差別酷いじゃないか」とか「白人が有色人種を差別するのには触れていなくて白人が差別されると騒ぐのか?!」というようなコメントを寄せている人がそこそこ居ます。
素直にこの動画を見れば投稿者であるkanadajin3の意図は「こういう事実があることを知って下さい」と言っている以上でも以下でもなくて、これが差別であるとか、差別だからなくせとか言っていません。
勿論こういう動画を公開するのだから、考えて、態度を改めようと思ってくれる人が一人でも増えることを願っていることには間違いないでしょうが、はっきり差別だと言えるものならそれを差別だと指摘、批判、非難することも容易だけれども、歴然とした差別ではない、差別であるかどうかも微妙な「無邪気な誤解、素朴な無知による結果的に相手にとっては自尊心を傷つけられる」というケースは、各々が色んなケースを知っていく“ケーススタディ”を重ねることで、ちょっとづつ心を広く、考えを柔軟にしていくという地味で根気の要る努力をしていくしかない、その(ケーススタディ)の一つとして「ご覧ください」と言っているにだけだと思います。
これに対して、意図、文脈を読み取らないで(読み取れないのか読み取ろうとしないのか)短絡なコメントを延髄反射的に繰り出す、果ては動画の内容とは無関係な国粋主義的な自説を滔々と語る人までいる始末。。。なんだかなぁ。。。

同邦人として情けない。同邦人と思われたくないというのが正直なところです。

Hold Your Fire (Remastered)

(2013.10.08時点)
posted with ポチレバ

“Open Secrets” Song by Rush より引用 (アルバム“Hold Your Fire”に収録)
  Lyrics by Neil Peart

I find no absolution
In my rational point of view
Maybe some things are instinctive
But there’s one thing you could do
You could try to understand me
I could try to understand you.
You could try to understand me
I could try to understand you.

私はこの罪から逃れられる方法は理性的には発見できない。
それは或程度本能的なものだから。
しかし、1つだけ我々が出来ることがある。
あなたは私を理解しようとし
私もあなたを理解しようとする
あなたは理解しようと試み続け
私も理解しようと試み続ける、、、
(抄訳:庄司拓哉)



音を破壊し、そして創造し直した者

素直に弔慰を表する気持ちにはなれない。

米BOSE創業者のA・ボーズ氏死去 – SankeiBiz(サンケイビズ)
http://www.sankeibiz.jp/business/news/130714/bsb1307141411000-n1.htm

一時は音響関係のエンジニアになりたくてそっち方面の勉強をした身としては。

「自然な音の再生」への追求から「(自分達がそう判断する)良い音をクリエイトする」に発想を転換したというのがBOSEのエポック・メイキングだから。
前者はいわゆるHi-Fi・・・High Fidelity 「高忠実度(再生)」の略・・・で、この考えを真向から捨てて、特にロック、ポピュラーにターゲットを絞って「小気味よく(威勢よく)聴こえるサウンド」を目指した、これがBOSEである。
Sonyがウォークマンを発売し爆発的にヘッドフォンで音楽を聴くというカルチャーが広まっていったのと、BOSEが登場し世に浸透してゆくのとが時代を共有しているのは偶然ではない。ヘッドフォンで音楽を聴くというカルチャーは、家の外に音楽を気軽に持ち出すという外形的カジュアル性(ファッション性)の問題だけでなく「ヘッドフォンから耳に入る音」という“不自然極まりない音” [1] が標準と認識が変わる・・・これを誤認識だと旧世代が幾ら言ったところで物心付いて音楽を能動的に聴き始める年齢になった時にヘッドフォン・ステレオが身近に在った世代はそれを普通の音と認識する・・・この流れを作り定着させてしまったウォークマン。この流れを逆手に取ってこの“新しい好み”に合わせた“新しい良い音”のするスピーカーを開発し、その目論見は見事的中しブランドを確立するに至ったBOSE [2] 。この意味でウォークマン、BOSEの功罪は非常に大きいのである。 [3]
片やのHi-Fiの雄であるDIATONEはじめとした日本のオーディオ・メーカーが、この時期から総崩れに凋落していったのとは対照的。「オーディオ・メーカー」という言葉がもはや死語同然なのからも分かること [4]
ウォークマンなくしてBOSEは存在し得ず。また、この二者なくしてiPodは存在し得ていないだろうと言って大袈裟ではない。
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今やこれを言っても信じる人は、その筋の好事家くらいしか居ないだろうが、音源から全て本当のHi-Fiに徹した音響装置からは「そこに本当に実物が存在しているかのような実在感のある音」しかも「そう言われればそう聴こえる」というレベルではなく「音が鳴った瞬間に場の空気が変わる」レベルで、文字通りリアルな音が聴かれるのである。「本当の意味でステレオとはどういう音か」を啓蒙していた最左翼の長岡鉄男氏も2000年に既に故人となっている。

上述のように功のみならず罪の部分も大きいのではあるが、とまれ、一つの大きい時代を切り開いた先人であったことは否定のしようがない。
ご冥福を祈ります。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 音響特性としては幾ら頑張っても100Hz以下の重低音を再生不可能。無理に再生させようとすると逆に聞き苦しい音になるだけなので潔く諦めて150Hz〜200Hz辺りにわざとピークを作って聴感上低音が出ていると思わせる音作りが一般的。BOSEの音作りもこれに似ている
  2. BOSEがコンパクト・スピーカーからスタートしたのは偶然ではない
  3. BOSEがその地位を確立していくのを見るに連れ「ああ、“マルチ・モノ を ステレオ と思い込んでいる誤解”は未来永劫解けないまま終わるな」と思ったものだ
  4. 放送局向けのプロ用機材として一部生き残っているのみ


アメリカ人は空気が読めないの嘘

「アメリカ人は空気が読めない」と思っている日本人は結構多いように思います。はっきり言ってこれは嘘です。
例えば有名どころでは大前研一氏がその著書内で「うちの奥さんは典型的アメリカ人といって差し支えないが、家では“あれ”,“これ”,“それ” あとは目線の送り方、目配せで大概のことは阿吽の呼吸でわかってくれる。つまり“察する”という能力はないというのは全くの嘘だということだ」というような内容のことを書いています [1] が、個人的にもアメリカ人はじめ欧州諸国人との付き合いを通じて同感に思います。彼らの察する能力が特段劣っているとは思いません。察し察しられという関係の根っこにあるのは感情だと気付いていれば、彼らには感情は無いという荒唐無稽なことを信じでもしていない限り当たり前だと認識されると思います。

では何故「アメリカ人は空気が読めない」と言われることが多いのでしょう?
答えは実に簡単で、彼らは「読めない」のではなくて「読まない」のです。
どういうことかというと、アメリカは御存知の通り多民族社会です。またヨーロッパもアメリカ程ではないせよ多民族社会です。察するというのは価値観や美意識、情緒性や知識などに於いて共通項が多く存在している相手ほど容易で、反対に共通項が少なくなればなるほど難しくなります。単に難しくなるだけならまだ良いのですが、的外れが多発することになります。察し察しられというのを支えているのは感情だと先に述べた通りですので、「察し察しられ」ベースでの的外れは不愉快に感じやすく「わからない(適切に察しない)相手を非難する感情」が生じやすく「こんなことも分からないのか!」と馬鹿にする感情の半ば伴った非難の言葉が口について出たりもします。こうなれば「わかるよう示していない自分のことを棚に上げて何を言う!」と罵り合い、喧嘩が始まらない方がおかしいでしょう。「相手(他人)も同じように感じる筈だ」「同じように感じてくれないと嫌だ」というのは感情というものの厄介な側面です。

人種の交差点と今や言われるアメリカも元々は、ネイティヴの住んでいる土地を奪ったヨーロッパ各地人がコミュニティーを作る形から発展しており、そのコミュニティー毎の閉鎖性は割とあって、この頃に於いてはアメリカだってコミュニティー内で「察し察しられ」ベースで動いていたのです。その証拠に今でも田舎の方へ行けば、その土地、地域の暗黙の了解が厳然と在って、これをイチイチ明示的に語るのはタブーという地域は幾らでもあります。 [2] それはさておき、世界各地からの移民の流入が増えるに従って少なくとも大都市圏に於いては「察し察しられ」ベースで動くと利便性よりも軋轢が発生する方が圧倒的に上回ってしまうことを彼らは学んだ結果、Public領域では「察し察しられ」ベースを封印したのです。「察し察しられ」ベースで動いて良いのは家族、親しい友人の間柄だけで、それ以外には用いてはいけないと。
これは単にそういう行動を抑制するようになったという意味だけではなく、家族、友人の間柄だけにしか通用しない作法として“汎用性のないもの”と低い価値付けに転換したという点で重要なのです。
これが広く定着したのは公民権運動以降であるというのは案外と語られない事実ですが、公民権運動というのは単純な人種差別撤廃運動なのではなく「マジョリティのマジョリティ故の暴力性」の自覚を促す運動でもあったと気付けば当然の帰結と言えるでしょう。
人種差別はアメリカでもまだまだ依然として根強く残っており、この意味では真の意味でのマイノリティ排除の廃絶はまだまだ道半ばだと言えますが、「マイノリティを許容した方が社会の柔軟性が失われにくく社会全体として得」という思想がアメリカ的楽観主義気風 [3] の根っこに加わって現在に至っているという点は特筆しておくべきだと思います。
多様性があった方がその系は強いというのは生物学によってその後再発見されたことで、この思想が単なる多民族社会による経験則以上のものに今やなっているのは御存知の通りです。
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——–[ 脚注 ]—————-
  1. 本棚を探索するのは大変なので記憶に基づく要約ですみません
  2. アメリカがなぜ合衆国なのか。なぜ州の独立性が強いのかは、この辺とも関係があります
  3. 良い面のアメリカ楽観主義


貧困層の固定化を欲しているのは誰か

前回記事の補足です。

生活保護を白眼視しても意味はない « 侏儒の言葉 | 物語り研究所「夢前案内人」
http://therapy.under.jp/生活保護を白眼視しても意味はない/

資本主義を前提とした自由主義経済を内包する自由主義とは、経済を含む社会一般の活動への国家の介入はルール整備 [1] の最低限度に止め基本自由にさせる。また、そのルール自体も社会の新陳代謝を阻み固定化を促すようなものは極力避ける [2] 。その結果経済的格差が生まれることは容認するという主義です。経済活動を自由にさせると、上手く大儲けする人と小さくしか儲けられない人、事業に失敗して無一文になる人が出てくるのは理の当然なので、この「結果の不平等」を肯定しないことは自由主義を肯定しないことと同義なのだということは先ず押さえておくべきでしょう。
では「結果の不平等」は全く問題視しないのか?というと、これは違って、人道的、道徳的見地からよりは、失敗した者、何らかの理由でメインストリームから外れてしまった者を救う仕組みがないと、リスクを取ってチャレンジしようとする人の絶対数が少なくなる – それは新陳代謝が滞りから社会全体が老化(衰退)していくことを意味するからという理由で生活保護のような最低保証の制度は必要と考えます。有り体に言えば「いつ、誰が(自分自身も含め)、いわゆる“負け組”になるかわからない」からということ。

いわゆる“勝ち組”の一言で一緒くたに括ってしまっているけれども、この中の真の意味で勝ち組と言える、会社を起こすなど実力で成り上がってきた人に生活保護問題(その制度設計に対する批判は多くあれど)バッシングの声は殆ど聞かれず、学歴偏重社会への適応で大企業、霞ヶ関への就職を勝ち取ったのに代表される「所属組織のシグナリングで勝ち組になれている“似非の勝ち組”」層に「食わせて貰ってるんだからありがたいと思え」的な差別意識丸出しの声が多いのは何をかを言わんや。
つまり、前者は先に述べた通り、社会的活性が高い状態が保持されることとセットで、その補完システムとして最低保証を捉えているのに対して、後者は、所属組織が自らの社会的地位の高低の裏付けとしている人達 → より露骨に言い直せば [3] 所属組織の高低が個人の格付けを決めていると考えている人達なので社会は流動的でない方が良いと考える、その格付け根拠の絶対性が薄くなる社会的活性が高い状態は好ましくないというのが本音なので、一方で口先の綺麗事としては薄給の人達を気の毒がったり、生活保護受給せざるを得ない人達をかわいそうがったりし、他方で差別意識丸出しに「選り好みせず就ける仕事に就け」と言うわけです。この「選り好みせず就ける仕事に就け」というセリフは一見正論ですが、自分達がありついた美味しい部分の残りカスを乞食にくれてやっている特権階級意識が背後に隠れており「食わせて貰ってるんだからありがたいと思え」というセリフと根は同じだと分かると思います [4]
だから今の生活保護制度は、その身分に安穏と甘んじていた方が楽と思わせるインセンティヴが強い制度設計になっている、つまり、本音では身分は固定化されていた方が好いと考える人達が作った制度なのでそうなっているのは当たり前だ、というのは穿った見方でしょうか? [5]

今出てきている限定正社員論も発想の根っこは同じで、上位エリート層身分の固定性は死守した上で下部層領域内を多少いままでよりシャッフルできるようにするという発想に過ぎないのです。 こういう書き方をすると私がエリートというものに敵意を持っていると誤解する人も居るかも知れませんが事実は寧ろ逆で、真のエリートと呼べる人達には一目置くし、尊敬もする。但し、真にエリートなら制度や社会の仕組みなどに守って貰わなくてもエリートで居続けることは可能なはずで、そういうもので保身しないと危うくなるのは似非エリートだと言っているだけです。
つもりだけグローバル化してて実は現代日本人は相変わらず江戸時代に生きているという與那覇潤氏の指摘は正しい。
また、この身分固定の解消は絶望的と考えると「31歳フリーター。希望は、戦争。」ということになるでしょう。

生活保護制度の制度設計の問題点批判、これも当然必要ですが、その前に、新陳代謝が滞らず社会全体が老化していかないように社会全体の在り方を変える方が先で、これが実現すれば生活保護受給者が社会問題となるほど増えることは当然ないし、これを実現しないまま事実上破綻している年金制度を清算してしまうと生活保護に国難レベルの人数が殺到することも当然の成り行きとして予想されます。
「誰が“負け組”になるかわからない」というのは「誰が“勝ち組”になるかわからない」と同義。事前には何が最善かなど分かるほど我々は賢くないという当たり前の事実を、知識としてだけでなく感情として理解すべきだと思います。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. ルール整備と規制を同一視している人は多いが本質的に違う
  2. ルール整備のつもりで規制をしている例がこの国では非常に多い
  3. 他人の不興を買うので露骨には彼らの多くは言わないが
  4. だから、社会の流動性を上げる各種規制廃絶、構造改革を成し遂げていない段階で、このセリフを言っちゃ駄目なんですぜ。>橋下徹氏
  5. この船も最早沈み始めているので「沈み出しているタイタニック号の中で三等客室は誰に割り当てるべきかの議論をしているようなもの」という喩えは秀逸

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