対人緊張(対人恐怖症)

 対人緊張とは「対人恐怖症」のことです。
 対人恐怖症とは、「対人」が恐いのであって「人(そのもの)」が恐い(と感じる場合も無くはないが)のではありません、念の為。
 更に「恐い」と言っても意識でそう感じる場合は稀で、無意識がそう感じている、無意識内に「対人」に於いて「何らかの拒否感情」が発生する、そう考えて下さい。
 ただ対人恐怖症という表現は、患者さんに必要以上に不安がらせるところ、誤解を受ける可能性があるので、専門家内でそう呼ぶのとは別に、一般には、その状態を言い表わした「対人緊張」と呼ぶのが良かろうと、最近はこっちの呼称で呼ぶようになってきているみたいです。

 対人恐怖の特徴は、相手が一人の「二者関係」の場合は割と平気な場合が多く、そこにもう一人(もしくは以上)が入った「三者以上の関係」になると途端に緊張する傾向です。 当然、人数が多いほど、またその中に見知らぬ人、親しくない人が多いほど、緊張の度合いが大きくなる傾向を示します。 だから人混みは苦手(場合によれば気分が悪くなる)ですし、それを更に閉じ込めたかたちになる電車などの乗り物(この中でも閉鎖空間を走る地下鉄は特に)、エレベーターは苦手なことが多いです。
 パニック症候群のかなりのパーセントもこの同じ症状を呈します。

 原因は物凄く大雑把に分けても二つあり、一つは元々対人恐怖傾向(平たく言えば、内弁慶の引っ込み思案な性格、傷付きやすいナイーブ過ぎる性格など。お婆ちゃん子である場合が多い)を持っている、または他人にどういう印象を与えてしまうのか(与えているのか)を必要以上に気にする [1]、といった性格にも関係してくる「心理傾向」の問題です。
 もう一つは緊張をもたらす心理コンプレックスを持っている場合です。コンプレックスの原因は様々で、トラウマ的なものから、親なり身近に性格に極端な偏りのある方が居た環境で育ったなど環境素因、この両者の絡み合いなど、、、など。

 前者の場合は、話し方教室(の多くは実は「話し方」を教授しているのではなく、他人とスムースに話が出来る知恵を、つまりコミュニケーション手法を教えている)などに通う等社会適応訓練を積めば解消します。少なくとも日常に不自由を感じることなく過ごせるようにはなります。

 後者の場合は心理カウンセリングを受けるのが最良の策であるでしょう。 何故なら、自分の中に対人コミュニケーションを邪魔するというか嫌がると云うか、、、何かそういう部分があり、それが意志とは無関係に対人コミュニケーションの足を引っ張っている。この「何か」が何であるかが判らない、皆目見当が付かないので困っているわけです。 逆に言えば、この「何か」の正体が分かれば対人恐怖症は改善すると言えるのですが、その「何か」が何なんだか判らない、、、という同義反復のジレンマ(袋小路)でグルグル回ってしまう自分では「何が何だかわからない一種のパニック状態」なので、自分でこの正体を見極める事は殆ど不可能です。
 特にマイナス感情と結び付いた「劣等化したコンプレックス」というものは、そもそも自分では考えたくない、その存在自体を認めたくない、触れたくないものであり、しかも無意識化しているこれは、この「自分では考えたくない」「その存在自体を認めたくない」「触れたくない」と「思っていること自体から自覚していない」ので、自覚していないものを自覚するなど不可能だからです。

文責:庄司拓哉 2002/01/21

——–[ 脚注 ]—————-
  1. この場合「気に病む」と言った方が適切か。内向型の人に多い

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