こころの在り方の基本

 心の状態をモデル化して、大きくゆったりグルグル回っている ”渦潮” のようなものを想像して下さい。 心の中枢部、無意識の中に、こういうイメージで語れる「いのちの洗濯機のような働きをしている ”いのちの泉”」があると考えて下さい(昔 "渦潮" って名前の洗濯機が実際あったような...(^^;)。 この中で適度にグルグル回ってくると精神的にリフレッシュされることになる、こういうイメージです。 それと、もう一つ、渦潮の周縁部は、浅く、流れも緩やかで、中心に行けば行くほど深くなり流れも急で激しくなっていく、ともイメージして下さい。

 このイメージに気付いたのは、夢分析が何故こころの癒しとなるのか、これを考え続けていた中でです。 夢の分析を継続的に行なうことが癒しの作用を持っていることは、夢分析を仕事しているので経験的には知っていました。 しかし、それはなぜか?となると分かっていなかった、、、

 まず気付いたのは「振幅性」、、、ユング心理学の理論でも、こころは両義性を持つのが本性とされ、その両の極端のあいだを揺れ動く、こころにとって重大な本源的事象であればあるほど、この揺れは強く大きくなる(逆に言って、本質的でない日常些末な事は、好不都合、善悪、好悪などで、"どっち" と決めてしまう事が容易)というのものです。

 振幅することが本質として存在するのなら、それは当然なんらかの必要性があるからだろう、何の必要性もない性質が存在するわけがない、こう私は考えます。

 振幅、、、揺れ、、、めまい、、、と関連するイメージを思い浮かべて、あれやこれや考え続けていた挙げ句の時に、クライアントが見た夢の中に「ジェット・コースターに乗る」という主題のものがあり、この意味を考えるためにイメージを思い浮かべて、はっとしたのです。(その後、複数人からジェット・コースターの乗ることが主題になっている夢を語られる経験があり、本論の正しさを確信しました、)

 ジェット・コースターを始めいわゆる「絶叫マシーン」と呼ばれるものは、よくよく考えれば不思議な存在で、論理で考える限りあんなナンセンスなものはない! 実際、理性的なことを重んじる人は「絶叫マシーン」を嫌う傾向が強くありますが、わざわざ怖い目をするためにお金を払うなんて!、、、でも、実際私も「絶叫マシーン」は好きなんですが、事実を偏見無く検証すると、少なくとも好きで乗っている人には「精神的リフレッシュの効果」があることは間違いないです。乗ったことのある人なら実体験的に頷いて頂けるものと思います。

 そして更に気付いてみると、「絶叫マシーン」に限らず遊園地にあるものの殆ど全てが、メリーゴーランド然り、高釣りブランコ然り、ゴーカート然り、観覧ゴンドラ然り、、、”周回上”を「グルグル回る」ものと、高低の落差を作為的に作っているもので占められているのです。 これら殆ど全てが、大なり小なり「めまい」「酩酊感」を催す事を意図していることは明らかで、「めまい」「酩酊」という心理状態の中に「なんらかのリフレッシュ効果」があるというのに考えが至ったのです。

 「めまい」「酩酊」という心理状態、、、ということに気付くと、飲酒というものも説明が付きます。 飲酒も医学、生理学的に見る限りおかしな行動で、アルコールを摂取すると身体は直ぐにこれを分解、対外に排出しようとする反応を起こします。これは有害物質に対する反応です。 つまり医学、生理学的に見る限り、飲酒は「自ら進んで毒を摂取している行為」なので、他に何らかの有為な理由が無い限り、実におかしな行動ということになります。 視点を変えて、お酒を飲む人は何の為にアルコールを摂取しているのでしょう? 「精神的リフレッシュ」この一言に尽きるはずです。

 以上を総合すると、「酩酊」「めまい」という心理状態の中に、こころを浄化する作用の秘密が隠されている、と言えると思います。 但し、飲酒の例で明らかのように、それが「適度」であることが必須条件でもあると言えましょう。 どの程度が「適度」であるかは個人差があり、これ故「絶叫マシーン」に乗って快適と感じる人と、不快を強く感じる人の差も生まれるのだと言えます。

 こころが振幅状態を味わっている瞬間というのを改めて考えてみると、なにも絶叫マシーンの例を出さなくとも、飲酒の例を出さなくとも、いちばん当たり前なもので睡眠。 睡眠中というのは、いわゆるREM睡眠とNON-REM睡眠(この二者は脳波の状態、睡眠の深さが違う事は既に確認されている)のあいだを行ったり来たり、、、これは一種の振幅です。 これを平均3回繰り返して目覚めるのが標準的な睡眠だと判っています(反対に言って、REM睡眠とNON-REM睡眠を3回繰り返した処で目覚めるのが快適な睡眠になる、と言った方が適切でしょう)。

 心理学的に言えば、この時というのは意識が無意識の中へ戻って行き、ここで精神のリフレッシュ(生得的に備わっている自浄作用)が行なわれている、これが睡眠です。 正常時は、睡眠時に無意識内の ”いのちの泉” でグルグル回って「いのちの洗濯」を行なって戻って来る(目が覚める)わけです。 これが何らかのかたちで正常に行なわれなくなったものが精神、心の病です。

 先の例の飲酒も然り、絶叫マシーンも然りで、度を越して、不適切に過度に「酩酊」「めまい」を催すと、気分が悪くなったり、酷ければ健康を害するに至ることもあり、精神のリフレッシュというプラス効果どころではなくなってしまいます。

 これと同じく、意識が無意識の中で必要以上にグルグル回ってしまうと、こころの病に陥ってしまうのだと考えられます。

 あくまで比喩的表現で学問的には必ずしも正確な表現ではないかも知れませんが、、、海や川で泳いでいて流れに足を取られて溺れそうになった時、パニック状態を呈して、実際には溺れるほど深くなく落ち着いて足を下ろせば立つことが出来るにも関わらず、これが出来なくなってしまう時というは実際にありますよね。こういう感じで浅瀬で溺れ一種のパニック状態に陥りもがいている(執拗に何度も何度も空しく繰り返す)のに喩えれるのが神経症(ノイローゼ)です。 何度も何度も空しく繰り返すこと = 心の空回りから情緒不安定になったのがヒステリー(情緒障害)です。

 正常時なら無意識内で秘かに行なわれている動きである筈のものが、意識の領域まで浸透してくる事が少なくないです(この浸透が度を超してくると境界例、統合失調症になる危険性が高まります)。

 言い方を換えれば、無意識内の動きに意識が囚われて「一部が」乗っ取られている状態だと言えます。だから、のべつ異常なのではなく、逆に大抵のことは正常なのに或特定の箇所だけ異常ということになるのですし、荒唐無稽な念慮(無意識の内容)が現われるケースがあるのも同様の理由です。 因みに統合失調症は「完全に乗っ取られている状態」で、「何らかの理由で、かなり中心部の深く流れも急な処に誤って立ち入り(または、流されて)溺れてしまった状態」または「泉が大洪水を起こしていて、端から溺れるしかない状態」で、長期に渡ると「溺れる」つまり「自我が崩壊」する可能性が高まります。

文責:庄司拓哉 2002/02/28

-- ※参考文献一覧 --
最終更新日:2012年4月20日


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    20:16:19 - 2017/09/20

  • この件で同意できる意見はけーん RT 日野皓正児童虐待(ビンタ)事件について元ジャズミュージシャンが考えてみた https://t.co/XbzoKrCQx2

    00:38:14 - 2017/09/03