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除染問題とイジメ

 あまりに下らない内容の番組(ニュースも含む)が多いので、あまりTVを観なくなっているのだが昨日久々にニュースを観ると、除染することがいつの間にか既定路線になっていて、どの範囲を除染するのか、除染する基準値の話になっている。
[1]
文科省の航空機モニタリングによる空間線量マップ(8月28日現在)

池田信夫氏などが何度も指摘しているように、福島第一原発のごく近い範囲(以下マップの赤色および半径10km圏内)を除くと健康に害をもたらす可能性は事実上ゼロ [2]・・・つまり除染の必要など無い(除染を正当化する科学的根拠は無い)のにも関わらずだ。
 よく落ち着いて考えてみて欲しい。国や地方自治体が動き出すのを待てずに自腹で自宅を業者に頼んで除染している人が散見されるというニュースを。
洗い流した汚水は下水道を経由して最終的には河川に流されるので、もし危険なレベルで放射性物質がそこに在るのなら国または自治体がこれに待ったを掛ける筈である。

池田 信夫:除染の前にLNT仮説の見直しを : アゴラ
http://agora-web.jp/archives/1381861.html

日本の「被曝限度」は厳しすぎる:日経ビジネスオンライン
オックスフォード大学ウェード・アリソン名誉教授インタビュー
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20111012/223166/

放射能と理性 なぜ「100ミリシーベルト」なのか (著)ウェード・アリソン 除染を正当化する科学的根拠は無いという点に関しての詳細情報は引用したページ(及びそこからリンクしている関連ページ)を参照して頂くとして私のしたい話は別の処にあります。
除染をして欲しいという福島県中心および近隣地域の人の気持ちは人情として分かります。何か得体の知れないものが付着している環境で暮さないといけない気味悪さ、気持ち悪さ [3]

 しかしよくよく考えてみると、科学的根拠が無い・・・つまり「実害が無い」もの・・・にムードや気分(つまりは感情=主観)で拒否反応しこれを忌み嫌う行動様式というのは、学校等で「○○キモい!」 [4]とイジメの行動の一環で「ああ!この鉛筆○○が触ったから、もう使えないわ!」と言ってゴミ箱にポイと捨てる、「この席、○○が座ったから座るの嫌だ!」と言って違う場所に座る・・・などの行動様式と根っこの部分で一緒だということです。
これは当然、風評被害を醸成するもの(マインド)にも当て嵌まります。
「風評被害だ!」と自分たちが被害者側に回るケースに於いては言い立てておいて、その同じ口で「除染!除染!」と言っている、そのご都合主義さに気づいて欲しいのです。
論理的にそうする正当性がないのに排除・排斥をしようというのは当然「差別」とも密接に関連します。

 この原因として福島第一原発事故の遥か以前から家庭衛生商品を売っているメーカーが「滅菌・殺菌商品」を売る一環で「身の回りには目に見えないけども、これだけ沢山のバイ菌が在るんです! [5]」とCM内で、CMを出稿している番組内で取り上げさせて人の恐怖心を煽って、これに付け込んで商売をしているというのも挙げておくべきかと思います。
身の回りに目に見えない多くの細菌が棲んでいることは嘘ではありません。事実です。 事実ですが、では、これがどの程度を超すと健康に悪影響があるのか、逆にどの程度までは事実上無害で気にする必要が無いのかという話は綺麗サッパリ抜け落とさせて、「細菌=汚い、不衛生=身の回りから排除すべき」というイメージ誘導をしているという点に注意を払わないといけないのです。
 少し本題から逸れますが大事なことなので記述しますと、「細菌類は問答無用に排除すべき」という考え方は医療現場でも過去のものになってきています [6]。 イソジン等の消毒液は人体に共棲している定在菌まで殺してしまう事から寧ろ傷の治りを遅くしたり、傷の治り具合が汚くなるなどが判ってきていて、褥創(いわゆる「床ずれ」)などにも生理食塩水または精製水で洗浄するのがスタンダードになってきています。 また、身の回りの細菌も、掃除機を掛ける、拭き掃除するという常識的程度以上に滅菌、殺菌しない方が、程良く細菌が居ている方が(特に乳幼児の場合)免疫作用が日常的に程よく刺激されることから寧ろ健康に益するということが判ってきています [7][8]

 話を本題に戻して、福島県中心に近隣地域に微量とは言え放射性物質が降り注ぎ残存しているのは事実です。が、この量は冒頭に述べた通り大半の地域で健康に悪影響が出る可能性は事実上無視出来る程度の小さなものです。
 この「小さな差異」を許容出来るかどうかの問題。 このマインドの問題は先に述べた通り「差別」を醸成し助長するのと共通するマインドの問題です。

 経済的問題 [9]として除染に反対し警鐘を鳴らしている知識人は多く居ますが、これは心理学的観点での問題でもある点を私は指摘したいのです。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 文科省の航空機モニタリングによる空間線量マップ(8月28日現在)より引用
  2. 塩分の摂り過ぎ、肥満など日常的にありふれたリスクを下回るので事実上無視出来るという意味
  3. これ自体無知から来ているものだという点には注意を払って欲しい
  4. ○○にはイジメの対象の個人名が入る
  5. 細菌という言葉よりバイ菌という言葉を好んで使っている点に注意
  6. イソジン等の消毒液を傷口に消毒に使っている不勉強な医師は未だ残っていますが
  7. 犬猫等を飼っている家庭とそうでない家庭との比較で疫学調査をした結果アトピー発症に有意な差があった。など。但し、何れもアトピーが発症してから後にその環境にした場合の有意性はかなり低下するとされる
  8. 余談の余談ならが、微量の放射線は寧ろ健康増進なるという説もあります。また、上述の細菌類と免疫の関係からの(少し飛躍した)類推仮説として「限度を超えない範囲での微量の放射線に曝されている方が、それに相応する体内の防衛機序は寧ろ高まるのかも知れない」と言える気がしないでもないです。
  9. 除染費用は将来世代に重く伸し掛かる負担であり、これ以前に既に莫大な財政赤字(借金)を抱えているのに加えて負担増をするのは言語道断

確かに理性ではない何かが反応している

この記事及び、この記事の元になっている記事それぞれのコメントのやり取りも含めて全部読んで、、、
確かに “論理的” には車内での携帯電話通話をあんなに忌避する合理性は認められないと思う。
論理的ではないなら感情・情緒の問題だと思われる。 実際、筆者に執拗に反論を加えようとしてる方々のコメントは総じて感情的だ [1]

未だガラパゴス化を撤回できず – 政治・経済・医療・地球温暖化の常識に挑戦する – Mutteraway 時事問題 を語るブログ
http://bobby.hkisl.net/mutteraway/?p=3955

日本人の感性はガラパゴス化している – Mutteraway 時事問題 を語るブログ – BLOGOS(ブロゴス)
http://news.livedoor.com/article/detail/5922594/

直感で大胆に予言するなら、多くの日本人が車内等公共の場での携帯電話通話に強く忌避感情を感じるのは、

セックスを代表格とする「秘め事とするべきわたくしごと」を捉える脳部位が反応しているのだろう。


だ。

何でかは現在のところ思い至りませんが、兎にも角にもあの直情的とも言える忌避反応は、こうとでも考えないと説明が付かないと思われます。
脳科学に疎い人には信じられない事なのかも知れませんが、「〜と考える」から「〜という脳反応が起こる」のではないケース・・・つまり脳反応が先にありきで、これを正当化する理由を後から付けているケースというのは割と多いというのが脳事情の真実で [2]、この事を知っていると、あの後から付けた臭さを感じる携帯電話通話を否とする理由一連もこれである可能性が低くないと思うわけです。

脳内のマッピングを検証している学者の方、どなたか検証をお願い致します。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 感情を論理でドレスアップしているが
  2. 脳反応が在って初めて考えというものが生まれる → つまり「思考というのは脳反応に先んじれない」ので自覚できないから

再分配の再分配というブラックジョーク

1999年以降急速に広まり認知され、一時は流行語にもなり今では一般用語としてすら通用するようになった「パラサイト(・シングル)」という概念。

大前研一氏がBBT757chはじめ日経BPの記事等でも最近(ここ半年)触れているように、未婚若年層は最早パラサイトしないと結婚資金を準備するのもままならないとのこと(結婚したければパラサイトするしか道がない)。

池田信夫 blog : 効率より公平
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51473507.html

もう1年以上前のエントリーだが、この記事の分析が正しければ(多分正しい)、未婚若年層どころか既婚子持ち世帯もパラサイトするのが最早合理的ということになる [1]

「親孝行を促すために巧妙にシステム・デザインされている」・・・と言うのはブラックジョークだ。

そのブラックジョークが現実という更なるブラックジョーク。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 現状追認の不本意な結果論でしかないが、そうすることで不公平な再分配を再分配し直すことで辛うじて均衡が保たれてるであろうということ

Mac(またはApple製品)は「直感的にわかりやすい」の嘘

2009年11月にmixiの日記に書いた内容の転載です。 S.ジョブス 追悼の代わりに。


探し物をしてたら書きかけで放置していたまま忘れていたのが出て来た。
話題的に今アップしても機会を逸していないと思われるのでアップするざんす。
書きだし部分は書いた当時のままですが、そういう経緯なのでとご了解下さい。
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 キッカケは、お盆休みの暇にあかせて特に当てなく適当にネットサーフィンしていて、iPhoneに対する世情の評価はどんなもんじゃろか調べてみようと思い立ち、賛否両論あれこれ広く目を通してみようと色んなページ(サイト、ブログ)を読んでみた。

 大雑把にざっくり言って、既存の携帯が提供する各機能やサービスに依存度の高いコミュニケーション・スキル文化を構築してしまっている層(僕に言わせれば「携帯に使われている層」。たぶん平成生まれに多い)は、これらの機能面で劣るのを理由に否定派に、パソコンを中心にインターネット文化で生きている人は肯定派になっているという感じ。
 既存の携帯電話をガラパゴス携帯と呼び、その非汎用性 [1]に嫌気が(僕の場合は最初から)差していた故、iPhoneを大絶賛する層に基本的には賛同し与するのは否定しないが、今回したいのはそういう・・・今までの携帯電話は如何にダメダメでiPhoneが如何に素晴らしいか・・・話ではない。

 じゃなくて、iPhone肯定派と否定派の対立軸として、色んな人の意見に目を通して見えてきたものがあって、、、それは、割とあちこちで言われていて実際Appleも自社製品を宣伝する文言として使っている「○○は直感的に使いこなして行けるようにできている」というもの。 「○○」には当然「Mac」や「iPhone」「iPod」「Mac OS X」などが入る。
 否定派の多くに見られたのだが「直感的に使える(わかりやすい)って嘘じゃん!」という意見があって、この言葉の意味の解釈、受け取り方に、肯定派と否定派とでは大きく落差があることに色んな人の意見に目を通している内に気付いた。

 細かい説明抜きにアッサリ言ってしまえば、否定派に傾いている人の全員とは云わないがかなり多くが、この言葉を文字通り、言葉通りに理解しているということ。。。つまり「ぱっと初期画面を見ただけ、どのボタンなりメニューなりをどう操作すればどういう動作になるのか一目瞭然に分かる」という意味だと思っている。
 この大いなる誤解。

 Macユーザならほぼ全員が納得してくれるであろうと思うのだが、Appleの製品の一番の特徴は『好奇心を満たしてくれる構造を内包している」だ。「これ押したらどうなるんだろう?」と思うや直ぐに押してみる・・・「試してみれば分かることは試せばいい」と即行動に移すタイプの人・・・好奇心、探求心の強い人が興味が引かれやすい、また「これ押してみたら、たぶんこうなるんじゃないかな?」と確かめたくなる謎解き心をくすぐる仕掛けになっている部分が少なくない』ということ。
 つまり逆に言えば、操作を実行する前にどうなるか程々に匂わしつつも結果は或程度みえにくいように作っているということなので、こういう「匂わし」にピンと来にくい勘の悪い人、不安や恐怖心を抱くタイプの人達には「わかりにくい」(少なくとも「わかりやすくなんかない」)と受け取られるのだろうということ。
 個人的には「落語的」だと思う。 その後どうなるか何となく程度には読めそうで、でも蓋を開けてみないとわからない構造にしている。
 個人的にはジョブス氏に「お前、落語好きか?」と訊いてみたい。

 Macユーザの皆さん「直感的でわかりやすい」って言うの止めませんか?
 「好奇心の琴線(アンテナ)に小気味よく触れてくる」とでも言う方が最適だと提案したい。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 各携帯キャリアが自分たちの世界に、「囲い込み」というビジネス戦略的エクスキューズの元に顧客を閉じ込めて不自由を強いるやり方。

「空気」の汚染の方が遥かに怖い

前から、そして今も思っていることなのですが「氏名」「住所」「出身校」・・・この程度の情報が果たして「個人情報」なのか?という疑問。
いや、個人情報と言えば個人情報の内です。確かに。
ではありますが、他人に知られて特段不都合がある、この意味での「プライバシー」という範疇に入れて良いのものなのかどうかという疑問です。

この10年くらい、この「個人情報:プライバシー」というものにヒステリックな過剰防衛的に世の中全般がなっているという実情があり、これってよくよく落ち着いて考えれば結構というかかなり異常なのではないか?と思うのです。

あなたがよほど有名人・・・特に芸能人であるとか・・・であるなら何処に住んでいるのか知られるとストーキングの心配があるとか、分かるのですが、一般人が何処に住んでいるか知られた処で、先ず以てそのこと自体に興味を示す人は皆無に近いと言えるし、況してやストーキングの心配など交通事故の被害者になる確率より低いと断言できます。
一般人がストーキングに遭う可能性があるのは「それ以前に何処の誰で何処に住んでいるのかを知らせている相手から」であり、「何処の誰かも知らない見ず知らずの人から」の場合は限りなくゼロに近いと断言して良いと思われます。

「一般人が有名人並みに自意識過剰になっている」と言えば言いすぎでしょうか? [1]

この「私」という「自意識過剰」さは、いま巷に蔓延している放射用汚染に対する “非科学的” かつ “非論理的=感情的” な「安心と安全を混同した [2]」ヒステリックな反応と根っこの部分は同じなのではないか?と思うのです。
実際「汚染」と呼ぶには余りにも笑止なくらい微量の放射性物質が飛散したに過ぎないわけで(以下に引用の画像中の赤色および非彩色の10km圏内を除く [3])。文科省の航空機モニタリングによる空間線量マップ(8月28日現在)

中島聡氏の「空気」論法 : 池田信夫 blog
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51747180.html

「私」を最大限拡大した「人の命」論法は、この(昨今の)日本人の多くが持つ自意識過剰さを心地よく擽り「悲劇のヒロイン病」に仕立て上げる。
いや反対に、「悲劇のヒロイン病」にいつでも罹患できる素地である自意識過剰さを持っているから、「私」を最大限拡大した「人の命」論法に簡単にコロっと騙されるのだ。と思います。

さようなら大江健三郎 : アゴラ
http://agora-web.jp/archives/1378824.html

今は表舞台から姿を消した上岡龍太郎氏が20年以上前から言っていた言葉を思い出します。

それ自体は本質的に正しいので誰も正面切って反論を加えにくい、誰の目にも明らかな倫理則、道徳律・・・「親を大切にしましょう」「人の命は尊い」「子供達の未来を…」「愛」「平和」「人権」・・・という言葉を正面切って主張する人間は信用してはいけない。当人は正義のつもりで言っている場合が特に危険である。

この自意識過剰さは真性の意味で自意識過剰なのではなく実に歪んだ病的な自意識過剰さであることは、本名登録であるFacebookが、全世界的には凄い規模で支持され拡大を今なお続けているのに比して日本では敬遠する人が多いのに代表されるのに表れていると言えます。 真に自意識過剰ならば、自分の名前はより多くの人に知られたいと思う方が自然だからです。
見立て様によっては、自分は何処にいるのか他人に察知されない陰に隠れて影響だけは最大限及ぼしたいという実に姑息かつ陰湿な自意識過剰さと言えるでしょう。

——–[ 脚注 ]—————-
  1. 「具体的誰かではない他人から監視されているような気がする」というのは一歩間違えば統合失調症者の持ちがちな被害妄想(念慮)に非常に近いと言えますが、今したいのこっちの方向の話じゃないので置いておきます。
  2. 安全は客観的つまり科学的に線引き可能ですが、安心は感情=マインドの問題なので極端な人のそれはご本人自らで解決して貰わないと誰もどうするこもできない
  3. 文科省の航空機モニタリングによる空間線量マップ(8月28日現在)より引用

必要なのは税収(実金額)増である筈

http://agora-web.jp/archives/1389281.html
高額所得者と高収益企業に対する大減税をするだけで日本はアジアで圧勝できる : アゴラ

大前研一氏が25年以上前(大学生の時に文藝春秋の記事で目にしたのが最初)から主張し続けていることですね。
引用記事にも書いてある通りで「フェアな税金なら脱税やトリッキーな節税などせずに全てをそのまま申告した方がいいので」寧ろ税収は増えるということ。

あの当時はまだ空理空論だと鼻で笑う識者も少なくなかったですが、レーガン大統領時代のアメリカ、サッチャー首相時代のU.K.、そして最近のロシアとこれを実証した国(それも小国ではなく大国)が出てきて今や常識と言える段階に。

これを25年以上前に既に大前氏が提言できたのは、実際の世界のトップの経済人とナマで関わってきたからでしょう。
(「彼らは非常にシビアだ。シビアだから無駄なコスト、無駄な出費は絶対に避ける。かといって、一円たりとも税金は払いたくないなどという反社会的で非常識な人間は少ない。応分な負担だ、妥当な額だと思った税金は喜んで払う。妥当だとは思われないから徹底的に対抗策を講じるだけだ」というようなことも言っていたと記憶しています)

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